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カフェ・マリオネッタ

  • ア-31〜32 (小説|エンタメ・大衆小説)→配置図(eventmesh)
  • かふぇ・まりおねった
  • 藤原佑月
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 500円
  • 2020/11/22(日)発行
  • 2020年緊急事態宣言下で書かれた「桜通りのむこう」
    女性作家により綴られる。あこがれ・社会・文学。
    “ カフェ ”と散りばめた「リストランテ・マリオネッタ」から編纂の短編集。


    「桜通りのむこう」


    「あと何回、桜、見られるかな」    
     冗談のようにそう言って笑っていた祖父が、病気になった。    
     正確には、数年前から病気だったらしい。  
     生来の我慢強さと病院嫌いが災いして、町医者に紹介された大学病院へ行った時にはもう手の施しようがなかった。    
     
     祖父より先に話を聞いた母は、簡素な造りの面談室で子どものように泣きじゃくった。    
     
     ―だから病院へ行ってって言ったのに    

     母は祖父には診断結果を隠すことを決めた。  
     しばらく「検査目的で」入院していた病院を退院して自宅療養になり、毎日大量の痛み止めの薬を飲む生活になった。  
     インターネットに疎い祖父にはそれらが何の薬なのか知る由もない。  
     週に三度やってくる看護師は、母に度々「緩和ケア」という言葉を使った。  

    「今年は暖かかったから桜が咲くのも早いかもなあ」  
     祖父のお気に入りは六義園の枝垂れ桜だ。特に夜桜が好きらしい。
     「闇の中にぼうっと浮かび上がる桜を見てるとなあ、思い出すよ。夜中にふと目が覚めて隣を見ると、月明かりに照らされたちよの寝顔がある。ひょっとして死んでいるんじゃないかと思うほど美しかった」  
     ちよ、というのは祖母の名前である。  
     しかし今年は、コロナウィルスの影響で六義園のライトアップが中止になった。    

     それから、上野公園の桜通りを散歩するのも好きだ。祖母が健在の間は二人で毎年桜を見に行ったらしい。祖父は普段、口数も笑顔も少ない人間だったが、祖母と手をつないで歩いているときは心から幸せそうに笑っていた。    
     桜が見頃を迎える頃には、街中ウィルスで大騒ぎになっていて、上野公園も自粛モードに合わせ、シートを敷いての宴会が禁止になった。  
     テレビが「満開になりました」と告げたその日、祖父はどうしても桜を見に行きたいと言って譲らなかった。 
     体が痛いんだから遠出はまだ無理よ。近所の並木でいいでしょう、と母がどれだけ諭しても、上野公園じゃなきゃだめだと頑なだった。祖父は、自分が桜を見られるのは今年が最後だと知らない。
     (医師からは「歳を取るといろんなところにガタがくるもんですよ」とだけ説明されている)  
     しかし祖父がもう長くないことを知っている母はいたたまれず「さっと通り抜けるだけなら…」と最後は折れた。    

     車椅子は私が押した。  
     子供の頃追いかけたたくましい背中。小さくなった祖父の背中。車椅子は驚くほど軽かった。  
     改札を通り抜け、公園に入る。左へまっすぐ進めばまもなく桜通りだ。ところが、桜通りの前は作業服姿の人たちを囲んで人だかりができていた。
     「封鎖だってよ」  
     小さな悲鳴や、不満、残念がる声があちこちから聞こえた。











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