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やわらかな水

  • ア-31〜32 (小説|エンタメ・大衆小説)→配置図(eventmesh)
  • やわらかなみず
  • ふむふむともくもく
  • 書籍|A5
  • 1,000円
  • 2020/11/22(日)発行
  • イラストレーターでもあるふむふむともくもくのエッセイ集。
    商業誌では存在しないジャンル、イラストエッセイ。
    この度、カラー書籍にて販売します。


    「ひつじの夜」

    ある冷たい空気の夜、家に帰ると羊がいました。
    居間のソファに座ろうとしたら、先に羊が座っていたのです。
    体長五十センチ位の小柄な 羊ですが、風貌は立派な大人羊です。
    羊は私をちらりと見て、こう言いました。
    「先にスーツをハンガーにかけた方がいいぜ」
    確かにその通りです。私はいつもへとへとで帰ってくるので、
    スーツを脱ぐ前にソファに 座ってしまいます。
    そして、そのまま眠ってしまうこともあります。
    私はスーツのジャケットを脱ぎ、
    スカートを脱ぎ、ハンガーにかけました。
    そのまま脱衣 所に行って、ブラウスも脱いで部屋着を着ました。
    居間に戻ると、ソファの上にはなにもいません。
    羊は私の見間違いだったのです。
    最近忙しくて、思うように休めていなかったから、
    変なものが見えてしまったのでしょう。
    私はソファに座り、ふぅ、と息を吐きました。
    「食欲がなくてもなにか食べた方がいいぜ」
    羊はローテーブルの下にいました。
    前足はくるりと丸めて胸の下に置き、
    後ろ足はそのま ま伸ばしています。
    もこもこで、ハンディワイパーみたいです。
    私が帰ってきたから、ソファから降りてくれたのでしょうか。
    そう思うと、申し訳ない気 持ちになりました。
    「気にすんな。この家の主はあんただ」
    この羊はオスだと思うのですが、こんなに紳士な羊は初めてです。
    「足を俺の背中にのせていいぜ。冷え性だろ」
    いくら羊相手でも、そんなことはできません。
    私は冷え切った自分の指先を見つめて、も じもじしていました。
    「早くのせろよ。なんのために羊やってると思ってんだ」
    そこまで言われると、のせないわけにはいきません。
    私はこわごわと足を羊の背中にのせ ました。
    ふわふわな毛が足の甲まで包み込み、
    じわじわと足があたたまります。私はしんか らほっとしました。
    そして、なんだかうとうとしてきました。
    「しょうがねぇなぁ」 羊はそう言って、歌を歌ってくれました。
    「羊が一匹、羊が二匹」
    安心する声です。誰かに気にかけてもらえるのはいつぶりでしょう。
    気がついたら、窓からやわらかな陽がさしこんでいます。
    私はソファで眠っていたようで す。
    おかしな体勢だったにもかかわらず、
    体はすっきり軽くなっています。
    久しぶりに深い 睡眠ができたようです。
    部屋を見渡すと、羊はどこにもいません。
    ただ、テーブルの上にこ んな紙が置いてありました。
    「ゆたんぽ かったほうがいいぜ」 なるほど、と思いました。
     窓を開けると、そこにはきちんと冬がいました。






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