彼は未来の帝だ。誰からも信頼され愛される、公明正大なる君主。それを幸永も、願っている。
「……まったく、これではどちらが東宮かわからぬな。幸永の方がよほどふさわしい」
自分でもどうしようもないことで駄々をこねるような真似をしているとわかっていたのだろう、どこか誤魔化すようにそんな軽口をたたく清史に、幸永はクスリと笑った。
「そんなわけないだろ。それに、俺は存外心が狭いんだ。嫉妬して暴れだしたら宥めるのはお前の役目なんだからな。覚悟しておけよ」
どれほど心が醜さで染まろうとも実際に醜態を晒すつもりは毛頭ないが、幸永はそんなことを言って清史を煽った。そんな幸永をグイッと抱き寄せ不敵な笑みを浮かべながら、清史が幸永の艶やかな唇を舐める。
「もちろん。だが、そんな心配など無用だろう。幸永が嫉妬などする隙も暇も与えぬのが私の務めだ。この目には幸永しか映りはしないのだと、幸永自身に証明しよう」
そっと頬を撫でられ、その低い声と相まってカッと幸永の頬が赤く染まる。だがそんな己を見られるのが恥ずかしくて、幸永はついついどこか睨むように清史を見つめ、口端を挑発するように釣り上げた。
「随分な自信だな。なら、東宮様のお手並み拝見といこうか?」
言葉だけを見れば随分と余裕を見せている幸永であるが、実際はそうでないことなど清史にはお見通しだ。ずっと、それこそ幼少の頃より幸永だけを見つめ続けてきたのだ。些細な変化さえ見逃さないのだから、こんなわかりやすい強がりを見抜けないはずもない。だが、それを指摘して揶揄うのも野暮というものだろう。
「つれないな、幸永は。東宮などではなく、どうか名を。その声で、その唇で、私の名を呼んで。幸永の前に立つ私はいつだって東宮という虚像ではなく、私自身であるのだから」
文武に優れ、優しく思いやりのある、欠点など見当たらない聖君。だが幸永の前ではそんな仮面など剥がれ落ち、欲と執着にまみれたただの人間が存在する。そんな自分が、存外清史は嫌いではなかった。
さぁ、呼んで。そう乞い願う清史の温かな指に下唇を撫でられて、幸永の背に甘い痺れが走る。
「きよふみ……」
吐息交じりにそう呼ばれて、清史の心は歓喜に震える。自然と口元に笑みが浮かんだ。
「もう一度」
お願い、と掻き抱けば幸永の背が僅かに仰け反る。
「清史」
伸ばされた手をしっかりと取り、清史は指先に口づけた。
「私の幸永……」
ゆっくりと床に倒れる幸永に、同じようにゆっくりと清史が覆いかぶさる。床に広がった髪を撫で梳きながら、その唇に口づけをした。
幾度も、幾度も啄むように口づける。段々と二人の呼吸が熱く、荒くなって、互いの唇から与えられる甘美な痺れに酔いしれた。
私の幸永。私の、幸永。そう刻み付けるように繰り返す清史に、幸永も口づけに応えながらその背に抱き着く。
「そう、お前だけの俺だ。そして……、お前も、俺だけの清史だ」
熱い吐息を零しながら言われた言葉に、清史の腰がグズリと重くなる。あぁ、本当に、どうしてこの子は――。
「そうだよ。幸永だけのものだ。私の瞳も、唇も、腕も、心も、この身のすべてが幸永だけのもの」
幸永以外の誰のモノにもならない。幸永だけだ。だからこの想いもすべて、幸永に受け取ってもらわないと困る。そんなことを呟いて、清史は口づけを繰り返しながら幸永の袴に手を伸ばした。胸元で結ばれた紐を引けば、シュルリと衣擦れの音を響かせながら解け、袴が緩む。白の単を左右にはだけさせて、現れた鎖骨に清史は顔を近づけ、柔らかな口づけを落とした。
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