「なるほど、確かにそれならば……。だが、ひとつ聞いてもいいか? なぜ、僕にそれを?」
栄鷲が嘘をつき雲嵐を陥れようとしているのではないか、そんなあって当然であろう懸念はなぜか沸かなかった。だが本来であれば雲嵐と栄鷲は敵味方の関係。その上栄鷲は彼が敬愛する夕栄の話さえわからないからと聞き流していたというのに。急にどういった心境の変化か。
「別に……。ただ、お前が以前〝渇く〟と言った言葉が引っかかっただけだ。それに――」
それに、ずっと、ずっと兄の声が響くのだ。それではいけない、と。
「それに?」
言葉を途切らせた栄鷲に雲嵐は視線を向ける。だが栄鷲は雲嵐から視線を逸らせた。
「……いや」
栄鷲は答えを返さなかった。ただ静かに風が吹く。何故だか兄の姿を思い出した。
「佳 雲嵐。お前は、後悔したことがあるか?」
後悔? と雲嵐は首を傾げる。雲嵐はその問いに答えることができなかった。そんな雲嵐の様子にフッ、と栄鷲は吐息だけで笑った。
「後悔などない、か。そうだな、俺も無かった。だが、今は後悔している。沢山、たくさん、数え切れぬほどに」
自分の何もかもが、間違っていたのではないかと。
「今日川を見に行って、話をした時のお前を見て、なおさら後悔する。一番の後悔は、己が知っていることは国民もまた知っている、そう、思い込んで疑いすら抱かなかったことだろう」
無知は罪だ。同時に無知は弱さにもなる。守れるものさえ守れなくなる。それは栄鷲のことであり、民衆のことでもあった。
「貴様でも後悔することがあるのか」
フッ、と雲嵐は哂うが、そこに覇気はなかった。静かに深く息を吸い込んで、そして吐き出す。揺れるな、揺れてはならない。
「民衆の噂を信じるならお前は神仙かもしれないが、俺は凡人なんでな」
ピクッとわずかに雲嵐の眉が跳ねるが、それを栄鷲が見ることはなかった。雲嵐の様子に何を感じたのか、栄鷲は彼を見ないままに口を開いた。
「……革命前、兄上が言っていた。国内が駄目なら国外からでも良い、水と食料を輸入して民に与えなければ、と。だが、他国の交渉を担当するのはどこも王室関係者か高位貴族だろう。ならば尚更に革命側の人間が言うことなどに耳は貸すまい。そちらにも色々言い分はあるだろうが、迅速性を求めるならば捕えられている皇弟の郭候(かくこう)を交渉に充てろ。彼は皇族らしい性格ではあるが父上と違って享楽や不正は好まず、他国との交渉も得意としている。民衆救済のためと言えば否とは言わないだろう」
それは川からここに来るまでずっと考えていたことだった。雲嵐達は民衆の姿を知るのだろうが、栄鷲は皇族や貴族、そして他国の事を知る。
平等、幸せ……。そうだ、その綺麗で美しい、希望の塊のような言葉は決して間違いではない。おそらくは革命前であったとしても栄鷲はそう言っただろう。だが、守るためには、進むためには、その綺麗で美しいことだけでは駄目なこともまた、皇太子であった栄鷲は知っている。
確かに革命は成った。皇族を引きずり降ろし、民衆がすべてを動かせるようになった。だがそれはあくまで玄栄の国の中だけの話だ。他国は、特に王室が政治を動かしているような国は玄栄の現状を苦々しく思っていることだろう。玄栄の思想が自国にも広がって革命など起こされては、己の首も危ういからだ。同時に彼らが守るべきは自国と自国の民であって、玄栄の民ではない。慈善などほぼ皆無と言っても良いだろう。すべては利害関係でできている。
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