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旧友は蛍を見たか

  • エ-39 (小説|純文学)
  • きゅうゆうはほたるをみたか
  • 橋尾克彦
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 600円
  • 2020/11/22(日)発行
  • 死に絶えた媒体と死に行く場所。 確かに私は、そのどちらをも知っている──。
    過去と現在を対比させながら、 深みのあるストーリーが展開していく「旧友は蛍を見たか」。
    表題作を始めとして、 繊細な情景描写で紡ぎ出されるどこかノスタルジックな影を持つ物語たち。 読み終わったあとにはきっと、もう一度はじめから辿りたくなる──。
    電子書籍「旧友は蛍を見たか」からの短編と1篇の戯曲作品集。



    「旧友は蛍を見たか」

     かつて見た蛍の仄かな光。
     今の我々がその光を探すには、少々身が汚れすぎていた。
     清廉な空間にしか生きられない彼等の淡い光は、もはや君の心を照らす光源とは成り得ないのだろう。それでも私は、手探りでそれを見付ける他なかった。そんな根拠のない思考に、救いの光を当てるべく。

     彼から届いた手紙は、僅か一枚の便箋にその大きな余白を十二分に残した上で書かれた、非常に簡素な物だった。数分の間に三度読み返して、いまいちパッとせぬ文章を自らの頭に刷り込んだ後、その返事を書くのに二週間もの期間を要した。普段から文字を書かない、私の悪い癖が出たようだ。無駄な箇所が多く、核心に触れた部分をまるで覆うかのようにして、その悪筆が体を成している。

    『S君
     久々の便りを貰ったにも関わらず、返事が遅れてすまなかった。  まさか、あんな完結な内容に対する返答がここまで思い浮かばないなんて、私もどうかしてしまったらしい。だが、こちらにも言い訳の一つくらいはさせてくれ。

     第一に、この御時世に何故、紙の便りなどを寄越して来たのか。  前にも少し話をしたかも分からないが、日がな外へ出ずっぱりの私にとって、便箋や葉書というのは『死に絶えた媒体』なんだ。  うっかりやの家内がよく宛名も確認せずに、他の下らないチラシ──例えば土地買取のビラ、新聞の勧誘紙などがそれに当たる──と一緒にゴミ箱へ捨ててしまう可能性だって、大いにあった訳だ。私のメールアドレスを、知らないという事はないだろう。気を付けてくれ。

     第二に、君がその便りに書いた内容だが……。
     もしそれが本当の事だとすれば、私は知りたくなかった。いや、例え浅ましい思考の範疇を越えない物だとしても、それを決して笑う事は出来ない。  

     何故、こんな便りを寄越した?
     一体、君は何を望んでいるんだ?
     そんな事を考えていると、私の右手は動かなかった。私の頭は働かなかった。
     もう一度、聞きたい。  何故、こんな便りを寄越したんだ?

      梅雨が明ける七月、仕事の都合で島へ戻る事になった。君の気がもし変わらない様であれば、然るべき結果となるだろう。

                今はまだ、君の数少ない友達の一人』

     我々は、かつて友人同士だった。少なくとも、私はそう思っていた。

     羽田空港の出発ロビー、忌々しい梅雨が明けたとは言え、その中途半端な時期に人が集まる訳がなかった。暇そうに談笑する土産屋。未だ煙に侵されていない喫煙室。空港のアナウンスが、迷子の子供の名を叫べば、一組の男女が走って私の目前を駆けて行った。大型スクリーンに映し出された、とある場所の姿。ナレーションはない。木々に止まる野鳥や昆虫、水面より顔を出すイルカや魚の群れ。そんなスライドが、数秒ごとに切り替わる中で、一つの光が私の目を捉える。
     小さな河川の周囲に集う、その淡い数点の光。ロウソクの火を消す様にして、それは消えてしまった。いつか見た風景と同じだった。

    「少し場所を変えようか」S君は、そう言って席を立つ。
     未だこの重い腰を、四国の外れに据えていた十代。今ではあまり口を開かない私にも、話し相手が存在した。取り戻しようのない過去。我々の周囲の人間は、自らの失った時間を取り戻す為、外の世界へと旅立って行った。小汚い商店街、喫茶店の隅に座って、そういった連中を嘲笑い、内心に軽い嫉妬を抱くのが我々の役割だった。そんな中で彼が放ったその言葉は、私にとっては意外な物だったのだ。
    「心当たりでもあるの?」
     そう尋ねるとS君はウンと頷き、軽い足取りで商店街のタイルの上を歩き始めた。
     昼過ぎから猛暑になったその日、夕暮れ時になるとすっかり気温を落ち着かせたが、人混みの喧騒や汗の匂い、うんざりするほどに狭い街並みに、顔をしかめながらやり過ごすしか無かった私である。

     起点に乗って終点で降りる。我々が暮らす世界では、さも簡単に成し遂げる事が可能な物の一つである。だが、実際に我々がその終着駅に足を下ろす事は、ただの一度もなかった。そんな、六つほどの停車駅しか持たない私鉄列車に揺られながら、私はただ茜色に染まった外の景色を眺めていた。
    「昨日の深夜ドラマ、結構際どいシーンがあって──」
     彼はそんな事を言っていた気がする。
     同じ車両には一人の女性が端に座るのみで、我々は二人離れて、軽く伸びをする余裕さえあった。僅かに開いた窓から数匹の小鳥が迷い込んで来たと思えば、彼等は律儀にも、駅に停車するまでその身を小さくさせていた。私達は終着駅から一つ手前で列車を降りた。小鳥は小さな脚をバタバタと動かして、各々別々の方向へと飛んで行ってしまった。夕焼けを越えた、薄暗い夏の夜だった。 さも退屈そうに歩く人並みを掻き分け、がらんどうの参道を横へ抜けた。道中は伸びた草が忘れられたかの様に左右を覆っており、手を切らない程度に軽く払わなければいけなかった。歩く度に乾いた草や木の枝が切れる音がした。少なからず不安な気持ちとなる私。我々は一体どこへ向かっているのだろう。
     道の端にある塀から死角になる位置に、勿体振る様に光が差しているのを彼は見つけた。あれだあれだと彼は小走りをした後、こちらに手招きをする。
     木々の隙間から見える街灯が頼り無い光を放つ中、さらさらと水が流れる音が両耳を必要以上に刺激した。
    「懐かしい。蛍なんて何年ぶりに見るかな」
     そう言うと彼はその場に腰を下ろし、満足そうに周囲を見渡した。私もようやく目が慣れて来た頃、辺り一面仄かに光る蛍の姿を、そこに認めた。
    「よくこんな場所を見つけたな」
    「いや、教えて貰ったんだ」
     私は軽く鼻を鳴らし、彼に習って腰を下ろした。誰に教えて貰ったのかは敢えて聞かない事にした。対等な関係と言うのは、互いのプライベートに関して特に気をつかうのだ。彼がどう考えていたのかは知る由も無い。
     蛍を最後に見た光景。そんな中に付随する、ただの記憶の一片である。

    < つづく >



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