今日という日は一通の手紙から始まった。
まっさらな封筒には便箋よりもカードと呼びたい厚手の紙切れが一枚、入っていた。そこに無骨な文字が横書きで三行ほど並んでいる。
《拝啓 坂本健太郎様
貴殿の命を頂きに参ります。
JOKER》
僕は男へ視線を戻す。
渡されるまま封書に目を落としている間に、彼はソファへ腰を下ろしていた。いっそ清々しいほどの我が物顔でゆったりと脚を組んでいる。
「あなたが、ジョーカー?」
答える代わりにニッコリ微笑んだ彼は、おそらくまだ一言も声を発していない。
整った目鼻立ち、りりしい眉、シャープな顎の輪郭、それらと完璧に調和のとれた短い黒髪……控えめに言って男前である。が、この男が不審者だということに変わりはない。
「あの、意味が分からないんですけど」
彼は口を開かなかった。代わりに右手を軽く掲げて、こちらを示すような仕草を見せる。そのボディーランゲージを精一杯解釈すれば「手紙が全てだ」という感じだろうか。やっぱり意味が分からない。
いや――、
「待って下さい。これって、あなたが僕を殺しに来たってことになりませんか?」
男は笑みを浮かべるばかりである。
黒のスーツでかためた身だしなみは僕よりずっと「きちんと」している。見た目がまともなら中身もまともだと錯覚してしまうのは人間の悪い癖なのだろう。インターホンにつられて扉を開けたが最後、有無を言わさず上がり込んだ男に対して僕は丁寧語で話し掛けていた。自己防衛のためではなくて――それも若干あるけれど――コミュニケーションを意図したものである。
「あの、僕はこの状況に困っているんです。あなたはまず僕に手紙を渡した。その上でここに居座っているんだから、何か言いたいことがあるんじゃないですか?」
とは言え、この辺りが限界だ。返事がなければ歩み寄ることはできない。一体どうすればいいのか。
「そうだね」
「……え? 喋った?」
これまでのだんまりが嘘のように男は流暢に話し出した。
「そりゃあ喋るさ。ただ、君の聞き方が悪いんだ。俺にはちょっと制約があってね」
「拝啓で書き出しても敬具では結べない、とか?」
彼は虚を突かれた表情になり、やがて笑い出した。
「君、面白いね」
「このいきなり感は前略じゃないか。とも、ちょっと思いました」
満面の笑みで二度、三度と頷く。少なくとも意思の疎通はできる相手のようだ。
「初めの質問に戻りますけど、あなたは誰ですか?」
「それは初めの質問と少し違うな」
言われてみれば、最初に尋ねたのは「あなたがジョーカー?」だったか。
「俺はジュンだ。松下潤」
「……じゃあ、ジョーカーは?」