翌日、拷問部屋に通されると、フードを被った見慣れない背の高い男が入って来た。書記などを引き連れ、ずいとリュカの目の前に来る。
「本日付けでお前の担当に任命された。今日から私がお前の異端審問をする。嘘をつかず、仲間を大勢告発し心を入れ替えるなら、ここから出してやろう」
そう言ってフードを取った男を見て、声を上げそうになった。幼い頃に別れの言葉も言えずに離れたジェラルにそっくりだったからだ。焦げ茶の短い髪に鋭く光る灰がかった薄茶の瞳。以前より痩せたせいで精悍さが増したように見える。
(ジェラル……。ジェラルなのか?)
尋ねたいが傍にはほかの者もいる。もし親しげに話しかければ、この男まで魔女の容疑が掛けられてしまうだろう。
(それはダメだ。ジェラルかもしれない人にそんな迷惑をかけられない。こんな苦しみ、僕だけで充分だ――)
「今日の責め苦は鞭打ちだ。上着を脱いで柱にしがみつき、背中をこちらに向けろ」
明るく優しかったジェラルとは思えないほど、辛辣な声が聞こえてくる。鞭はイカの脚のように細かく裂かれていて、一度に何カ所も傷を与えられるような構造だった。廷吏から鞭を手渡された審問官が、リュカの背後に立つ。
そしてヒュッと鞭を振り上げる音が聞こえ、はじめの打撃が与えられた。
「……ッ!」
リュカの白い背中に、ミミズ腫れのような傷が何本も出来る。背中が焼け付くようだ。耐えきれず、柱にしがみついて痛みを誤魔化すしかない。
「さあ、白状しろ。仲間の居場所を言うんだ。ほかにも知っていることを全部話せば慈悲を与えてやろう」
「知らないんです、なんのことだかまるで分からないんです……!」
鞭打たれる方向に体を動かし、少しでも痛みを和らげようとする。それを追うように鞭がしなる。そうしているうちに、あることに気付いた。
(さっきほど痛く……ない)
はじめの何回かひどく鞭打たれたあと、振るう音は大きいのに、体に当たる衝撃が軽くなっているのだ。
(もしかして、手加減している?)
もし刑を執行している者が以前の赤い法衣の男なら、はじめの痛みのまま鞭打ちは続行されていただろう。だがこの審問官は、急に力を弱めはじめた。すでに出来た傷にあたらないように、音だけを派手に鳴らして無傷なところを選んで鞭を軽く打っている。
(まさか本当にジェラルで、手加減してくれている?)
拷問の厳しさに、自分は痛みすら麻痺してしまったのだろうか。それとも、この鞭打ちは幼なじみのジェラルが加減してくれているのだろうか。
どちらでもいい、早く今日の責め苦が終わってほしい。
鞭の唸り声と、それが皮膚を叩きつける音だけが、拷問部屋に鳴り響いていた。
鞭打ちをされたあと、リュカはよろよろと歩き塔に引き立てられた。昨日のように後ろ手で縛られ、部屋に着くと脚にも縄がかけられる。夕方になると、わずかな食事が与えられた。育ち盛りのリュカには到底足りないが、不自由な手足で這いつくばってでも食べないわけにはいかなかった。
あとどれくらい、こんな日が続くのだろう。自分はどれだけ耐えることが出来るのだろう。
ガチャ、と独房の鍵が開く音がして、見覚えのある者が入って来た。今日鞭打ちをおこなった審問官だ。見れば見るほど、幼なじみのジェラルに似ている。審問官はしゃがみ込むとリュカの縄をほどき、耳打ちした。
「リュカ……。今日は鞭打ってすまなかった。怪我はどうなっている?」
「ジェラル? やっぱりジェラルだったの!?」
驚きのあまり目を瞠みはり大きな声を出すと、ジェラルがリュカの口に手をあてる。
「しっ、静かに。ここは人があまり来ない塔だとはいえ、だれかに聞きつけられたら一巻の終わりだ。……立てるか?」
「う、うん」
そう答えるが、長い時間拘束されていたせいか足元がふらつき、たたらを踏んでしまった。
「フラフラしているな。……俺のせいか」
ジェラルの長いローブに包み込まれるように抱きとめられる。
(えっ……)
瞬間、ドキリとした。彼の胸板はリュカよりも分厚く、腕にも固い筋肉が付いている。それに温かい。酷く尋問された反動だろうか、優しく抱きしめられたのは母と別れて以来だからだろうか、ずっとこうして欲しいとさえ思えてしまう。
(なに考えているんだ、僕!)そう自分を叱咤したとき、
「相変わらず軽いな……」
と感心するようなジェラルの声で我に返る。だが、リュカの鼓動は激しく鳴り続けたままだ。それを誤魔化すように話しかける。
「ジェ、ジェラルは大きくなったんだね」
「ああ、修道院は労働も結構あったからな。俺は筋肉がつきやすい体質のようだ」
ジェラルは腰に巻き付けた袋から膏薬を取り出した。
「背中を見せろ。今日出来た傷に塗ってやるから。……ああ、なるべく手加減したつもりだったが、ひどいことになっているな」
痛ましそうに顔を歪める男は、幼い頃からの思いやりをなくしてはいない。鞭打ちを手加減していると思ったのは、リュカの勘違いではなかったのだ。膏薬は傷に染みないものだった。背中に斜めに走る傷が少し和らいでいく気がする。
「いいよ、ほかの人だったらもっと痛かっただろうし、きみの仕事だものね」
「少し前に修道会から派遣されてきて、今日お前の担当官になったと知って驚いた。昔、一緒に遊んだお前を鞭打つあいだ、心が血を流しそうだった」
苦痛に耐えるように、ジェラルが顔を歪ませる。優しい彼のことだ、きっと苦しみながらリュカを拷問したのだろう。
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