【オススメポイント】
ませた願望のあるショタが、頼りがいのある社会人に甘やかされ、
パンケーキを食べたり子猫と遊んだりするお話です。
※血縁関係はありません※
(逃げなきゃ、殴られる。……安全なところに行かなきゃ)
安全な場所、と考えて真っ先に思いついたのは、昼間親切に接してくれた南みなみの優しい笑顔だった。
智世ともよの知っている大人など、祖母や友人の親などのわずかな人数だ。祖母の家は母の実家だから、簡単に侵入を許してしまう。だが南の家なら、父親は存在も知らないだろう。
(南さん、南さん……!)
南の住むマンションまで、子供の足で走って十五分ほどの距離だ。その間すれ違う人は何人かいたが、だれもパジャマ姿で走る智世に話しかけたり、助けたりしようとしなかった。南のマンションの玄関ホールに着くと、迷わず共同のインターホンで八○八という番号を押す。煌々とした玄関ホールの光に照らされ、裸足で寝間着のままの自分がとても異質なものに思えてしまう。
『―はい、南です』
智世の心臓が跳ね上がっていることなど全く気付かない、南ののんびりとした声が応答した。
「南さん、五十嵐です。少し家に上がらせて下さい……!」
声は情けないほど震え、膝はがくがくと小刻みに笑っていた。
玄関ホールに佇む寝間着姿の智世ともよを見て、南みなみはなにかを察したようだった。すぐに玄関ホールまで走って、智世に上着を掛けてくれる。裸足の足元を見た南は、ハッとしたような表情になった。
「足、怪我していない? とにかく部屋に入ろう。サンダルでいいから、持ってくればよかったね」
「ううん……」
なんと言えばいいのか分からない。理由も聞かせずに匿かくまえと言うには、あまりに異常な格好をしている自覚があった。リビングに通されて、ソファに座ると、南は「足の裏を拭くものを持ってくるからね」と言ってくれた。すぐに蒸しタオルを手渡されたので、智世は足の裏をごしごしと拭ってゆく。渡されたときに真っ白だったタオルは、智世の足が綺麗になる頃には灰色に汚れてしまった。
そのあいだも南は、いたわるような瞳を向けて、智世の話す今日あった出来事を真剣に聞いてくれる。
「お母さんは、毎日怒られてるんだ。お父さんは怒鳴ってばかりで、今日は注意した僕まで殴られそうになった」
「それでここまで来たんだね」
南がなにか考えを巡らせている顔つきになった。そのようすが、まるで巨大な味方が出来て、一緒になって対策を講じてくれているように智世の目には映った。この人のそばにいると安心だ、という何度目かの安堵感に包まれてしまう。
「智世くん、お母さんを助けてあげようとして、えらかったね」
ふわ、と頭に温かいものが乗せられる。それは智世の頭を包むほど大きくて、安心して自分を委ねられる気がする。この人なら、今の智世を助けてくれるかもしれない。細い糸のような希望にすら、今の智世は頼ってしまうだろう。
「南さん……。僕、あのお父さんがいる家に戻りたくないよ。お父さんになにかされそうで、怖いんだ」
そう告げると、突然抱きすくめられた。
「そんなところに帰らなくていい。智世くんは俺のそばにいればいい―」
「み、南さん!?」
あまりにきつく抱きしめられ、胸が圧迫され息が苦しくなってしまう。南はなにか思い詰めたように黙り込んで、抱擁はしばらく続いた。
「ゆうき……」
なんだろう。南が苦しそうに、まただれかの名前を呼んだ。その人はだれ、と尋ねたいが、抱きしめられているせいで言葉を告げられない。
【サンプルここまで】