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記憶は雨のように

  • え-09 (小説|エンタメ・大衆小説)
  • きおくはあめのように
  • 紫りえ
  • 書籍|A5
  • 100ページ
  • 400円
  • 2021/10/03(日)発行

  • 紫りえ 「郷愁に佇んで」


    「ふるさと」と云われて思い浮かぶ町がある。
     生まれ育った場所でもなく、住んだこともない場所。夏になると不定期で数日間だけ訪れていた、道北の海沿いにある小さな町。
     母の田舎。

     祖父は栃木の人だったそうだ。終戦とともに樺太からの引き上げ船に乗り北海道の北、稚内へと降り立った。妻(祖母)と幼子三人を連れて。
     少し南下したが内地(本州)へ戻るのは困難と判断し、そこへ永住する覚悟を決める。

      祖父母は、私が小さい頃は酪農を営んでいた。記憶が残っているのは小学校に入るか入らないかくらいの風景だ。
     平屋のだだっ広い木造の家と、牛舎とサイロが建っていて、当然たくさんの牛と牛乳缶を運ぶ荷車を引くための馬が数頭。玄関わきには犬小屋があり、雑種犬のような犬と、猫が何匹もうろうろしていた。飼い猫だったのかは分からない。
     広大な敷地で隣なんて遠くにポツリと見えるだけだったから、動物が遊び相手だった。いとこが来ていたこともあったけれど、数年に一度夏にしか会わないので、人見知りの私は少し離れたところで、皆が遊んでいるのを小さく笑って見ているような子どもだった。
     そんな様子を見て母はいつも心配し、祖母は「なーんも心配ない。ほっとけばいいべさー」と大きな声で、多分私に聞こえるように言っていたのだと、今は思う。

     そんな子だったからなのか、もしくは順番に連れていっていたのかは分からないが、ある日、祖父に連れられて牛乳缶を運んだことがある。
     馬が引く荷車に乗せられ、舗装のされていない道をガタゴトと町まで揺られた。お尻が痛かったけれど、その頃アニメで見ていた世界名作劇場に出てくる景色のようで、新鮮さが先に立って嬉しくて仕方がなかった。
     あのとき卸しに行った町がどこだったのかはもう覚えていないけれど、独特の卸し市場の雰囲気を今でも思い出す。
     祖父は、いくつかの買い物をするために寄り道したあと、帰り道に私は裸馬に乗せられた。あのときの馬の感触を今もはっきりと覚えている。当然滑り落ちそうになり、すぐに荷車に戻されたけれども、あれは、はしゃいだ私が乗りたいと祖父を困らせたのではなかったか。
     ところどころおぼろげな記憶だけれど、祖父と二人だけで過ごした唯一記憶にある大切な思い出。
     だだっ広い平屋の真ん中には囲炉裏があった。夏でも二十度くらいにしかならないので囲炉裏は使われていて、そこで搾りたての牛乳が大きな鍋で沸かされていた。
     乳搾りは苦手だったが、絞りたての牛乳にはわくわくした。その甘さは忘れない。美味しくて、毎年「お店のと違うね」と同じことを言いながら飲んでいた。祖母はそんな私の頭を「りっちゃんは めんこいこと言って」とくしゃくしゃにして撫でた。

     いつからか祖父が囲炉裏の横に布団を敷いて、横になっていた。肺が悪いとしか聞いていず、私が小学生のうちに亡くなった。
     祖父が寝込んで間もなく祖母は離農し、駅にほど近い町営住宅に引っ越している。道路向かいに公園があり徒歩数分で海岸に出られる場所で、動物はいなくなったけれど時間をつぶすには苦労しなかった。海がない地域で育ったので、子どもの頃に唯一見ていた海。近くにある沼地では、まだ自由にシジミ貝が採れていた時代で、持って帰ると祖母がお味噌汁にしてくれた。ごはんは決まって甘納豆入りの赤飯だった。

     国鉄が走っていて、まず札幌駅まで行き、そこから道北まで行く。着く頃は既に日暮れ。
     ただひたすら長い長い列車の旅だった。退屈はしなかった。一両ずつ切り離されていく列車が楽しくて、最後の一両に乗っていられるのも楽しくて。
     札幌を出発したときは混んでいた列車も、だんだんと人は降りていき、空いてきた頃に私たちは残る車両へと移動する。最後の列車が切り離される頃には人もまばらで、いつも私たち家族と数人だった。
     母に声をかけて私は席を立ち、ひとつのボックスシートを独り占めにする。
     数センチだけ開けた窓に顔を近づけて風を受け、アニソンを小さく口ずさんでいた。風の通るボックスシートは私だけの空間で、夕闇の中そこだけがぽっかり浮いて旅しているような感覚になり、その時間が私は好きだった。

     徐々に夕風の中、微かな潮と深い草の匂いが混じりこんでくる。そして北のにおい。ああもうすぐだな、と駅に立つ祖母の姿が浮かんだ。
    「りっちゃん、遠いとこさ、よく来たねえー」
     今も祖母の声が耳の裏に響く。
     でも降り立っていた駅や町の記憶がどの時期のものだったのか、酪農のときか団地のときだったのか、今は曖昧に混在している。
     そして高校生頃からの記憶があまりない。夏休みがいろんな用事で合わずに母はひとりで行くこともあったから、私はほとんど顔を出していないのかもしれない。

     次に思い浮かぶのは娘を連れている記憶。
     出産して数年間専業主婦だった頃に、母の仕事の休みに合わせて久しぶりに祖母に会いに行った。JRは廃線となっており、沿岸バスに乗って。ひ孫の顔を見せたかった。
     あの日の、ひ孫ふたりと町の中を散歩している祖母の写真が、一枚だけ残っている。

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