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よくある質問と君だけの正解

  • え-09 (小説|エンタメ・大衆小説)
  • よくあるしつもんときみだけのせいかい
  • 福田透
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 64ページ
  • 400円
  • 2021/05/16(日)発行
  •  電子書籍「全部、嘘」の福田透最新作「よくある質問と君だけの正解」


    「ねえ、もし明日地球が滅びるとしたら、何したい?」
     明らかにメンヘラそうな彼女が、明らかにメンヘラ好きそうな彼氏に尋ねている光景を、尚人は声だけで想像した。背中に広がるその映像はつまらないドラマを映しているようで、そんなカップルのありふれた一コマを思い浮かべながら交差点の信号待ちをしている。
    「うーん、まずはマミカと一緒に過ごすでしょ。で、美味しいもの食べて、お酒いっぱい飲んで、カラオケで歌って、クラブで踊りまくるのもいいなあ。あ、温泉とかも」
     休日か。心の声が漏れそうなのをグッと堪え、信号機を凝視する。青になった瞬間、スタートダッシュの練習に命を懸けてきたスプリンターさながら歩き出す。
    「えー、それめっちゃいいー」
     渇いた空気を震わして左耳に届いた「いい−」の声から逃げるように交差点を抜けていく。
    『明日地球が滅びるとしたら何をするか』という定番の質問。これまでテレビや漫画などで数多く聞いてきたが、正解はなんなのだろうといつも思う。美味しいものを食べるなんてありきたりだし、お酒を飲むのも、カラオケも、クラブも、温泉も。そんな語り尽くされていそうな回答は論外だ。そもそもマミカってなんてメンヘラっぽい名前だろう。いや、今はそんなことはどうだっていい。明日が人生最後の日だとして、何をするだろうか。これまでにした中で一番いいことか、これまでにしたことない中で一番したいことか。いい人だと思われたいなら家族とか恋人とかありきたりのワードが出るし、私欲の限りを尽くすなら食、睡眠、性にまつわるワードが出るし、でもそれじゃああつまらない。
     どんどんと足早になる尚人は、いつも脳内でそんなくだらない議論を繰り返す癖がある。正解のないお題に正解を求め、より面白い回答を導こうと思案を重ねる。もし、いつか誰かに尋ねられたときに、つまらない人間だと思われないように準備しなくてはいけない。
     この質問の正解は……。
     駅の改札をくぐったとき、ぐるぐると回った思考に終止符を打つ。

     「炎上だ」

     「うん、逆にそれが一番つまんないね」
     尚人の前に座る結友が冷たく言い放つ。恋人の結友はそんな面倒な性格の尚人を全力で受け止める一方で、全力で突き放す。自分が導き出した解が正しいかどうか、尚人はいつも結友に尋ねる。荻窪の外れにある落ち着いた喫茶店でマロンコーヒーをずずずずと啜りながら、結友の辛辣な言葉をとりあえず聞くことにする。うんうん、と一度全てに相槌を打ってからすぐに反論する。

    「でもさ、人って一度もしたことがないことに憧れるじゃん。やっぱり悪いことをしたいっていう感覚は誰にでもあると思うんだよ。ただ、犯罪は倫理的に許さない。そうなると、SNSで炎上するのが一番面白くない? イマドキっぽいし」

    「明日地球が滅びるってのにSNSやる人がいるのかね。てかさ、何度も言うけど、人と違った思考を持ってるって思われたいって思考を持ってるのがもう痛いんだよね。美味しいもの食べるでいいじゃん。恋人と過ごすでいいじゃん」

    結友はグラスに残ったアイスカフェオレの最後の二口を一気にストローで飲み干す。空気を吸う音が聞こえ、その音さえも尚人には怒っているように聞こえる。

    「それじゃあ会話続かないじゃん。『それめっちゃいい〜』で終わりだよ」

     尚人はまだ半分以上余ったマロンコーヒーをふうふうしながら少しずつ口に入れる。その姿を見るだけでも、なぜか尚人が怒られているように見える。

    「私をそのメンヘラ彼女と一緒にしないで。何食べる? 何して過ごす? でいいじゃん。あんたのコミュニケーション能力次第でしょ」

    「うーん、そういうことじゃないんだよなあ。『炎上』の方が盛り上がるじゃんってこと」

     やっと半分まで飲んだ頃にはマロンコーヒーの湯気はなく、アイスカフェオレのグラスの氷もほとんど溶けていた。こうやって二人が話す時間は過ぎていく。そして、この時間が無意味であることに気付いた結友が強引に話を終わらせるのが日常である。

    結友はテーブルに置かれた伝票をやや乱暴に掴み、勢いよく立ち上がる。

    「うん、そうだね。いこ」

    「え、ちょっ、待って」

     残ったマロンコーヒーを一気に飲み干し、慌てて後を追う尚人。レジで財布を広げる結友。
     こんな関係を続けてもう二年になる。二十八歳で付き合い始めて、尚人も結友も今年でちょうど三十の節目の年。仲がいいのか悪いのかわからないが大きな喧嘩をしたこともなく、絶妙な距離感で関係性を保ってきた。いがみ合っている光景は側から見れば長年連れ添った夫婦のようで、ひ弱そうな夫と気の強い妻の夫婦漫才のようでもある。
     分厚い黒縁メガネをかけた尚人は一見インテリのように見え、一見オタクのようにも見える紛らわしい見た目の青年だ。毛量の多い髪の毛がモサッとして目元まで伸びた前髪が邪魔のように見えるが、散髪に行くのが野暮でその髪型になっているのでなく、本人曰くこのヘアスタイルが一番モテるらしい。たしかに言われてみればイマドキのイケメンっぽさもあるが、髪の毛とメガネでごまかしていると言ってもいい。そんな見た目で推し付けがましい話し方をするものだから、「感情がない」「理論詰めが怖い」「アレクサの方が話しやすい」と苦手に思う女性も少なくはない。


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