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ほろ酔い帰路でしか言えないから

  • え-09 (小説|エンタメ・大衆小説)
  • ほろよいきろでしかいえないから
  • 織田麻
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 60ページ
  • 400円
  • 2021/10/03(日)発行

  • 織田麻 「ほろ酔い帰路でしか言えないから」


    酔った勢いで吐き出してしまいたい本当の言葉は一斉送信できない。

    二時間980円、一品300円。大学時代は質よりもコスパで選んでいた居酒屋。ラクロスの練習終わりの疲労とともに、泥まみれになったジャンバーを申し訳程度にほろって、5、6人の同期でふらっと立ち寄るお決まりのお店。

    アルコールは薄くたってよかった。バカ騒ぎはしらふだってできたから。ご飯は安い割においしくて、量もそれなりだった。いつもたわいのない話で盛り上がる時間は、大学生活を語る上で欠かせないくらい楽しかった。

    けれども、そんな喧騒に隠された本当に言いたいことは、立場の違うそれぞれの同期の前で安易に放つことはできなかった。

    どれくらい実力があるのか。どれくらい部活に懸けているのか。実際今のポジションに満足しているのか。

    全国大会に出場することは、全員共通のA面の目標。それだけでなく、真剣にやっていたり、ある特定の選手に憧れたりすると自然とB面の個人目標も持ち始める。

    試合に出たい。あのポジションがいい。たくさん点数をとって活躍したい。

    もちろんB面が他人とかぶることで悩んだりする。チームがうまくいっていっていれば、うれしいはずなのに、個人目標が叶わなくて苦い思いをしたこと、同じチームメイトなのにライバル通り越して、嫉妬してしまったこともあった。 

    そんなことを思う自分を責めてしまうこともあった。

    いろんな感情が、それぞれに巡っていた。あの人になら言えるけど、この人には言えないこと、大勢の中にほおりこめないことはたくさんあった。

    飲み会の後、あー課題やんなきゃ、テスト勉強しなきゃ、とやらなくてはいけないことを頭の中に残した私たちは街灯に照らされた夜道を歩く。

    だんだんと「それじゃまた」で減っていく人数。

    最後の2、3人になった時に、漏れ出る言葉。それをもっとすくい上げたくなって、あるいは拾ってもらいたくて。だけど二次会なんて行くお金と時間なんてなくって。たびたび私たちは、コンビニでスナック菓子とビールを買って、公園で缶を開けた。それだけで即席の酒場の出来上がり。二次会のスタートだ。

    「かんぱーいっ」

    何度、缶ビールを開けて心を打ち明けあっただろうか。

    持っている者の苦しみを知った夜もあった。「同じ方向を向いてないなら、部活なんてやってる意味がない。」と言い放った彼女は、後輩の崇拝に似た尊敬の眼差しを総なめにしていた。入部当初から先輩を差し置いて試合に出ていた彼女は才能だけじゃなくて努力さえも怠らなかった。彼女を見ても素直に賞賛することができなくてため息をついた記憶がある。

    「がんばる」は時によって、人によって、その基準値は違うことがある。きっと才能も、努力量も太刀打ちできないほど持った彼女からみた私たちの「がんばる」は小さく見えたのだろう。

    「勝ちたいのは私だけなのかな、それなら違う●●大学でプレーしたかった」

    普段は実力は劣っていても練習を頑張っている後輩に対して、熱心に、それでいて優しく指導できる心の持ち主なのに。みんな頑張っているよ。言いたいことはたくさんあった。けれどそんなことを言わせてしまったくらい心が参っていたことに、今まで気が付けなかったことにショックを受けた。

    なかなか部活に来れなくなった同期が、心うちを告げてくれたのも、ちょっと心もとないこの酒場だった。

    「部活に行けなくなってる、だけど部活をやめたいわけじゃないんだ。」

    彼女は4年間怪我がなかなか完治せず、試合に出ることが出来なかった。それでも4年間憧れていたラクロスに関わっていたいと、休まず練習見学していた。ただある日それがプツンと切れてしまった。ラインをしても「明日はいく」と返事だけしてこない日が増えていった。呆れる人もいた中、この公園という酒場で2,3人で「最近どうよ」と聞いてみた。するとぽつりぽつりと話してくれた

    後輩から敬意がなくなったと分かって辛くなったこと。辞めた同期に思わず引っ張られてしまったことも。ぽつり。ぽつりと。

    正直、聞くことしかできないことがほとんどだった。

    でも、本当のことは、個人送信でしかわからない、と思った。いくら全員気心知れているとは言え、「全員の心地いい言葉」で話すことは語彙を殺し、どうしても言葉はぼやけてしまう。私の悩みもこの酒場で語ったことはある。解決はしなくても、自分の本当の気持ち知ってくれている人がいるというだけで、少し安心した。

    A面の「全国大会出場」をみんながまっすぐ目指している、という空間、そのために集まった仲間。自分の本当の気もちや願望が、時に邪魔になってしまうと思い、隠してしまうことはきっと少なからずあっただろう。

    だからたとえ偶然選ばれた「聞き手」だとしても、聞くことしかできなくても、精いっぱい聞くことに努めた。アルコールが喉を通るひりひりとした痛みを感じながら。

    そして、知れなかった気持ちを聞けて良かったと思うのだ。

    後々、主将となった時に「個人の対話」を大切にしようと思ったきっかけの一つでもある。

    <つづく>

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