二〇二一年、『旭堂南湖講談全集』を出版いたしました。
講談以外には、これまで、落語、狂言、浪曲の台本を書いてきました。
上演されたものもあれば、未上演の台本もあります。
本書は、そうした作品をまとめた、『旭堂南湖講談全集』の「別巻」あるいは「番外編」といった位置付けとなる『新作台本集』です。
各作品の詳しい執筆背景などは、それぞれの作品の後に、「解説」として記しています。
二〇〇四年の冬。私は一年上の先輩方と一緒に、三泊四日で高野山へ合宿に行きました。メンバーは笑福亭たま師匠、笑福亭三喬(当時・喬若)師匠、桂しん吉師匠、そして私の四人です。
合宿の目的は「それぞれ新作を一本ずつ作り、アイディアを出し合い、四人で共有すれば、一気に新ネタが四本増える」というものでした。
さて、肝心の合宿の成果はどうだったのか?
「それぞれ一本ずつ作る」のが理想だったのですが、なかなか台本は完成しません。結局、たま師匠がアイディアをバンバン出して、構成やギャグを考え、それを各自でアレンジして、台本にまとめるという形に落ち着きました。
私の担当作品が『坊主の火遊び』です。『坊主の遊び』という古典落語がありまして、このタイトルはパロディになっています。内容はまったく違います。落語らしいギャグ満載の作品になっています。
二〇〇五年に何度か口演して、それ以降、ほとんどやっていない作品です。
二〇二四年、公益財団法人びわ湖芸術文化財団からのご依頼で、新作狂言『近江鉄道珍道中』を書き下ろす機会に恵まれました。茂山千五郎家の皆様によって上演され、観客の方からも大好評だった作品です。
『近江鉄道珍道中』を書くにあたり、新作狂言について随分と調べました。
その中で一つの疑問が浮かびました。
「狂言において、新作とはいつ作られたものを指すのか」
狂言師の方に伺いますと、明治時代以降に作られた作品を「新作」と呼ぶそうです。明治元年は百五十八年も前ですからね。普通に考えれば、百年以上前の作品はもう立派な「古典」と言ってもいいように思いますが、それでも新作なんですね。
余談ですが、「では講談の場合はどうなのか」。
私自身の考えでは、戦後の作品が「新作」だと思っています。とはいえ、戦後から今年で八十一年が経ちます。戦後すぐに作られた『曲馬団の女』などは、最初の演者である田辺南鶴先生から次の世代へ、そしてさらに次の世代へと受け継がれており、もはや古典と言ってもいいかもしれません。そう考えると、講談においては、「半世紀以内に作られた作品が新作で、それ以前は古典」と言ってもいいかもわかりません。
さて、新作狂言の中に、落語の演目を狂言に仕立て直した作品があることを知りました。落語が狂言になるのなら、講談を狂言にしても面白いのではないか。そう考えた私は、誰に頼まれたわけでもありませんが、狂言の第二作目としてこの台本を書いてみました。本作は未上演の作品です。
地元、滋賀県で年に数回公演をします。その折、浪曲師の方に仕事をお願いすることがあります。その浪曲師の方に「滋賀県が舞台の浪曲ってありますか?」と尋ねてみたところ、「持ちネタにはない」という返事。
それならばいっそ、自分で書いてみようと考えました。先の狂言『西行鼓ヶ滝』にならって、講談の台本を脚色して、浪曲に作り変えてみたのです。
こちらもまだ未上演の作品です。