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金魚(抜粋)メタセコイア第15号収載

  • B-35 (小説|純文学)
  • きんぎょ
  • 多田 正明
  • 2018/11/20(火)発行

  • (抜粋)
        
     清は先週の理科の授業で、魚のえら呼吸の仕組みを教わったばかりであった。魚達も我々ほ乳類と同じように酸素呼吸をしなければ生きていけない。この金魚達は、えら呼吸で酸素を摂って生きているのだ。 ・・・・・・・・「叔母ちゃん、このコップでは、狭いので金魚達は呼吸がしんどいみたいやでぇー」というと、「ほんだら、清ちゃん、金魚鉢買ってきてくれへんか!」といった。 清は近くの村のバス停前にある「何でも屋」に出かけてみたが、金魚鉢は置いていなかった。その当時はそんなものが売れる時代ではなく、みんな毎日の食うものにも困る時代であったのだ。仕方なくコップの水を替えてやるしかなかった。金魚達に井戸水を替えてやると、二、三時間は気持ちよさそうにすいすいと泳ぐのだが、その後はまたアップ、アップを始めるのだ。やはり酸欠で困っているのだろう。清はこの前に教わった理科の授業を思い出した。  この様な場合、酸素不足を補うためには、過酸化水素を入れるといい。過酸化水素(H2O2)は薬局で売っているオキシドールである。それならこの家にもある。その頃よく怪我をするとオキシドールで消毒をして手当てして貰っていたのを思い出した。薬など何もない頃なのに、オキシドールがあったのは、母の兄妹の末っ子の叔母が近くの病院に看護士として勤めていたからであったのだろう。  「そうだ! オキシドールをコップに垂(た)らすと二、三時間おきに水を替えずに済むはずだ!」と思いついた。 早速、薬箱からオキシドールを出して、ガラスコップに二、三滴落としてみた。少し見ていると金魚たちは各々アップアップしていたのに、急に平常通りに戻ったようであった。清は理科の先生に教わったことが、本当に証明されたと確信した。  それより今後、満子ちゃんの金魚は、狭いガラスコップの世界からもっと広い池を作るか、防火用水のようなところに住まいを変えてやればいいのでは……、と思った。またそれだけでは不十分であれば、水草などの植物の排出する酸素で金魚達の呼吸をもっと楽に出来るのでは……と、色々とその後の金魚達のことを考えていたのだ。   翌朝、清はガラスコップを覗いて驚いた。金魚達は、すべて白い腹を上にして浮き上がり、呼吸をしていなかった。何とこれはどうしたのか? オキシドールを入れてもらって、あんなに元気に嬉しそうに呼吸をし泳いでいたではないか! こんなことがあるのか? どうしてこんなことになってしまったのか? 清が唖然として金魚を見ていると、満子ちゃんも何時ものように金魚を見に来た。金魚の異様な様子に気づいた満子ちゃんは、 「清兄ちゃん、金魚みんなどないにしたんや? みんな、息してへんようやん? なんで浮いてるの?」  ・・・・・・・・満子ちゃんの「金魚がみんな死んでしもた!」と金魚の死を泣き叫ぶ声に、清は余計にビビってしまった。たまたまその時は誰もいなくて、誰の目にも触れない時であり、オキシドールを落とすのを見られていないのであった。清は良心の呵責のようなものがあったが、本当の原因がオキシドールにあるのか、コップのキャパシティーの不足か、どうかさえも分からなかったのだ。その為にオキシドールを落としたことをみんなに持ち出すことが出来なかったのである。    呼吸を止めてしまって浮き上がっている金魚を小さな笊に上げると、この家の裏口を出て、石垣の上に毎年初夏に黄色い花を付ける山吹の木の根元を掘り、マッチの空き箱を金魚のお棺にして葬ってやった。満子ちゃんは、かまぼこの板に「金魚の墓」と赤色のクレヨンで書き、墓標にした。

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