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想いを運ぶ、風(抜粋)メタセコイア第15号収載

  • B-35 (小説|純文学)
  • おもいをはこぶ かぜ
  • 櫻小路 閑
  • 2018/11/20(火)発行

  • (抜粋)
     夏の重い湿った風が一瞬強まったとき、その公園の濃い葉陰から何かが足元におちてきた。徹(とおる)は一瞬驚いて後ずさりをし、腰をかがめてそれをよく見てみると蝉の抜け殻だった。左腕に持った上着を気にしながら手に取ってみると、蝉の幼虫そのものの形で足もちゃんと付いている。もちろん中身はない。殻を抜けた成虫は七日の命、抜け殻は永遠、という妙な感慨が迫ってきた。 ・・・・・・・・タクシーで駆けつけた時、幸子はすでに旅立った後だった。くも膜下出血で意識が戻らないまま、「とおるさん。とおるさん」と繰り返していた、と医師や看護師から聞かされた。それから数か月、葬儀などがあわただしく終わった後も足が地についている実感を持てなかった。徹は体の重みがなく「浮遊」している感覚がぬぐえなかった。 ようやく取り戻した日常の夏の日に、例の会計事務所へ行く途中の公園で蝉の抜け殻に出会ったのだ。そういえば毎日帰宅している家も「抜け殻」がぴったりする。幸子も子供たちも、もう戻ることはないが、自分は抜け殻から毎日抜けて、また、毎日抜け殻へ帰ってくる。 ・・・・・・・・幸子からは「やりたいこと」を何も聞いたことがなかった。彼女の人生はなんだったのだろう? 激しい恋や心がつぶれるような出来事や全霊を打ち込んだことなど、徹の知らない何かがあったとしても、今やそれを知るすべもない。

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