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御香宮(抜粋)メタセコイア15号収載

  • B-35 (小説|純文学)
  • ごこうのみや
  • 楡久子
  • 2018/11/20(火)発行

  • (抜粋)

    「どこがお宮なんやろか、構えはお寺のようや」 「裏門から入ったみたいやな」  裏門で良かった。人はいない。柑橘系の花の香りが黙って溜まっている。  中に入っていくと社務所のようなところに着いた。水も湧いていた。御香水と書いてある。その水は飲んでみたが普通だった。拝殿では牛が欄間に二頭いた。大きな牛と小さな牛。なんだかほんわかといい感じがした。小さなお話が出来そうで、しばし眺める。  小堀遠州のお庭と書いてある矢印のある建物の前で待つ。お宮と庭の由来を読む。このお庭を見るのやったら、スタンプを押してあったら五十円安くなるけどどうする? と新山さんが書いたものを持ってきて小声で言う。急いでスタンプを探す。小堀遠州好きやし、少し疲れたし、入ってお庭を見てみたいので、意に反してスタンプを押す。呼び鈴も押して玄関で待っても誰も出てこない。社務所の奥の人影をめがけてもう一度呼ぶ。 ・・・・・・・・沓脱から部屋に入る。入ったとたんにきれいな風が空け放した庭からやってくる、ああいい風! 縁側に座ってみると小堀遠州がこれからデビューやと試しに作ったみたいなゆるい小ぶりの庭で可愛い。 「これはいいなあ。昼寝したくなるなあ、ちょくちょく行きたいこんな庭。キャッチコピーできたなあ」  と、ぶつぶつ言っている間に新山さんは奥へと進む。方丈の部屋。カップルが出てくる、女の人の細い指が窓の小さな鍵を閉めているのがこちらからも見えた。私らはまた窓を開ける。欄間もふすまも小さな書院のような棚もいい感じだ、書院の上の小さな障子戸も開け閉めしてみる。いいなあ泊まりたいなあ。私の様子を見て、 「気に入ったん? よかったわ」  サングラスを外して新山さんが笑いかける。 「気に入ったわ、トイレ行きたい」  と、お手洗いを探す。手洗い所と書いてある木戸を開けると一坪の空間、一陣の風。良い香り。誰かが包んでくれているような時間が流れる。トイレしながらありがとうありがとうと思う、だれだろうか? 太ももや頬や体全体をさすってくれているような甘やかな手触りの風だ。  手水鉢の水が揺れる。  しばらくこの廊下で佇む。 「さっ帰ろう!」  正面に向かって歩き出す新山さん。長い長い石畳は、子どものころ遊んだ武生の上総社の参道を三十倍長くしたような道だ。大きな鳥居、小学生の遠足の終点場所のようだ。親のお迎え、駅前通りの雑踏、少しずつ現実に戻る。夕方の買い物でにぎわう門前通りの店を覗きながら、パンに目がない新山さんは、パンを買う。ペンチで待つ私。 「またどっか行こな」 「あっ神戸でエルミタージュあるねん、また誘うわ」 「うん」  久しぶりの余韻に浸っている私に、 「あかん、この切符四時に改札出なあかんのや」  走る、走る、飛び乗る特急。またねまたね、走る風景、走る新山さん。

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