第5集 序文から
「60歳からのかぶとむし」も第5集を作ることができました。うれしい限りです。でも、作るだけではなく、できることなら読んでほしい。ほめてほしい。そう思ってしまいます。
現職のときは、学級通信を子どもたちと読み合うことができました。保護者のみなさんにも読んでもらうことができました。年に1冊作ってきた学級文集もそうです。ところが「60歳からのかぶとむし」はそれができません。
最近、「60歳からのかぶとむし」をたしかに、大事に読んでもらえる読者が少しですができました。
30数年前に担任したみゆきちゃんがラインでこんな便りをくれました。
先生、御無沙汰してます。おかわりありませんか?
1月には「60歳からのかぶとむし」と年賀状を送っていただき、ありがとうございました。
ご家族の事で大変な日常の中でも、先生が色々な場所へ行かれたこと、様々な方とのエピソードを読んでいると、先生の姿やその場面が自然に浮かんできて、クスりと笑えたり心がじんわり温かくなり、私は元気をもらえました。
年をとり自分も周りの環境も変わり、悩んだり落ち込んだりする事もありますが、先生の文集を読んでいて気づかされる事や何気ない日常を楽しむヒントをいただけたと思っています。
先生、お忙しくされていると思いますが、またお話聞かせていただいたり、機会があればぜひ文集を読ませてもらいたいです!
みゆきちゃんたちとは4年生の1年間だけの担任でしたが、縁あって、10年ほど前から小さな同窓会兼忘年会によんでもらっています。当時の学級通信も「かぶとむし」。子どもたちの日記や作文などを載せていたのですが、「かぶとむし」のことを今でも覚えてくれています。
「かむとむし」読んでくれてありがとう。うれしいです。みゆきちゃん、身体に気をつけて。頑張らんでもええで。
先生、ありがとうございます。そう言ってもらえて気持ちが楽になります。私こそすごくうれしいです。先生もお身体くれぐれも気をつけて無理せずお過ごしくださいね。お会いできるのを楽しみにしてます。
私はアールラボのスタッフのみなさんから、こんな楽しいラインのやりとりができる幸せをいただきました。ほんとうにありがとうございました。
表題作「父親勝次 最後の大冒険」 亡くなる一週間前のこと。父親勝次は敬老乗車証を使って市バスで新京極まで散髪に行くと言いました。でも、もう父親勝次にバス停まで歩く力はありません。でも、歩くと言ってきかない父親勝次。仕方なく、私は父親勝次を支えながら、バス停に向けて歩き出しました。
「加山雄三と私」 学生のときからピアノの弾き語りにチャレンジしていた「海、その愛」、信州のペンションの暖炉の前で下手なギターを弾きながら歌った「君にありがとう」、涙を流しながらカラオケボックスで歌う「おやじとして君に」。その加山雄三が目の前!
「お礼状」 NHKラジオ「サタデーエッセイ」。仲代達矢さんに私の投書を読んでもらいました。天にも昇るおもいの私は。仲代さんに礼状を書きました。
「アンマー」 友人が私の作文を読んで、次のような文章を書いてくれました。
私たちは、多種多様な出会いを重ねながら、日々を過ごしている。出会いの対象は、人をはじめとして、書物、映画、投書、音楽、光景など多岐にわたる。
「60歳からのかぶとむし」は、自分のアンテナにひっかかった出会いと今の自分の現実をつなげて文章に表す。そして、たまたま読んだ新聞のある投書をきっかけに、「アンマー」の歌に出会う。
曲の作者が母に対して行ってきた仕打ちを振り返り、後悔と自分の愚かさをストレートに綴った歌詞にふれ、自分の現状、あるいは過去の体験と重ね合わせた文章を書かずにはいられなくなる。
決して大上段に振りかぶらず、平易な言葉を使い、ささやかな事実を積み重ねていく。かつて母親とのかかわりの中で、感情的になって口をついた言葉が「アンマー」の歌詞と重なり、心が揺さぶられるという表現が、読む者の共感をよぶ。誰しもが親に対して行ってきた愚かな振る舞いへの後悔は、こころの底にしまっているものだから。
「60歳からのかぶとむし」は、他にも膨大な量の文章を書き綴ってきている。何をテーマにした随筆であれ特徴的なのは、人としての自分の小ささを、やや誇張気味に表している点である。「そこまで書くのか!」と思いながら、読み手はついニヤリとしてしまう。読み手自身に思い当たる節があるからである。書き手である「60歳からのかぶとむし」が肩をすくめ、おどけるようなしぐざをしている容姿が文章表現の裏に見えるようである。
「60歳からのかぶとむし」は、カラオケで海援隊の「スタートライン」を泣きながら熱唱するときがある。
今 私たちに必要なものは
光溢れる明るい場所じゃなく
闇に向かって走り出すためのスタートライン
けっして希望に満ち溢れた未来ではないこの先、私たちはとにかく進まなければならない。堂々たる一歩でなくてもよい。「60歳からのかぶとむし」も進まなければならない。だから書き続ける。