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賄い料理と二人の関係
学園祭での一件から、渡辺涼花は後輩・宮田樹希との関係に悩み始める。自分の気持ちは定まらないけれど、宮田との関係は少しずつ近くなっているようで……?
何となく重い足取りではなり亭に着くと、宮田は既に出勤して仕込み作業を手伝っている様子だった。
「おはようございます、涼花センパイ! 今日は俺が賄(まかな)い作るんで、楽しみにしてくださいね!」
「あ、宮田くん、おはよう……」
涼花の姿を見つけるやいなや、キラキラとした笑顔で挨拶してくれる宮田に、涼花も挨拶を返すものの、やっぱり落ち着かない。
……ところで、いつもなら店主である御厨が賄いを用意してくれるのだが、どうして今日は宮田が担当するんだろうか?
「やっぱり、胃袋掴むって、大事ですもんね」
「…………」
宮田はさり気なくそう言ったが、どういうつもりなのだろう?
いや、聞くまでもなく、彼の思惑はなんとなく想像がつくのだが……ひとまず涼花は考えないことにした。
「前から思てたけど、樹希くん、なかなかえぇ手付きやな。あ、卵はそこにあるやつ、好きなだけ使てええさかい、涼花ちゃんに美味しいの作ったげて」
「はい、店長! 任せといてください! これからセンパイの賄いは俺が担当するんで!」
小さな決意と夏の夜に消えた想い
自分の置かれている状況を変えようと、重森絢子は部署異動を希望する。希望が通るかは人事の采配しだいだが、強力な後押しもあって行動を起こした。
そして、ひょんなことから過去の恋愛事情を涼花に聞かせることとなる。
「知りたいんです……重森さんみたいな大人の女性は……どんな素敵な恋をするんだろうって……」
素敵な恋。
それは絢子には縁遠いものだ。過去も今も、報われない気持ちや、やり場のない想いを引きずってしまう。
年下の女の子に憧れてもらえる要素なんて、何もないというのに……彼女は自分に何を期待しているのかと、複雑な気分になる。
「素敵な恋をしてたなら……こんな風に、一人で飲み歩く女になってないかも……」
「……?」
涼花ちゃんは、絢子の語る話に興味津々といった目を向けてくる。
語って聞かせるような、面白い話でもないのだが、聞くまでは離してくれないような雰囲気に、絢子が折れた。
そして絢子は十年ほど前の、まだ学生だった頃の話を語ることにした。
二人の朝とクリスマスパーティ
楽しさからお酒を飲み過ぎてしまった涼花は、意外な場所で朝を迎えることになり戸惑う。憧れていた相手に近づけたことを喜びたい反面、迷惑をかけたような気まずさも感じ、朝食を振る舞われながら昨晩を振り返る。
頼られなかったことを拗ねる宮田のご機嫌取りに付き合う形で、クリスマスパーティを企画することになった。
十二月も半ばを過ぎると、師走の気ぜわしさが加速するのか、あっという間に時間が過ぎていく。冷え込みも強くなり、季節の変化が身に染みるようになってきた。
宮田家でのクリスマスパーティ計画は着々と進み、クリスマスの前週に、料理を持ち寄って開くと決まった。一部のサークルメンバーは、冬休みに入ってすぐ帰省するらしく、不参加となっていたが、大半が集まる予定だ。持ち寄り内容が偏ったり負担金額に差が出たりしないよう、事前に持ち寄るものの方向性を確認し、一律の予算を設定した。
そして当日、涼花はパーティーのセッティングをするべく、一足先に宮田の家へ赴く。
教えてもらった宮田の家は、京都市北区にある一軒の古民家であった。とはいえ、適度に改修がほどこされており、和モダンな外観に整えられている。話によると、宮田の姉・彩華が色々と手を回して整えた家らしい。
インターフォンを鳴らし、中に招き入れられると、室内も住みやすく改装されており、古い家とは思えない。
玄関の土間を上がると、広々としたリビングダイニングになっている。地元の工務店に依頼して間取りも手を加えたとかで、複数の部屋をつなげてこの形になったのだという。一階部分はほぼ、このリビングダイニングになっているようだった。
「ようこそ、俺の家へ……あ、でも、俺も居候(いそうろう)みたいなもんだから、正確には姉ちゃんの家ですけど」
「お邪魔します」
「奥がキッチンとかトイレとかになってて、二階が姉ちゃんの書斎と俺の住んでるスペースなんです。……見ます?」
「いいよ、別にそこまで案内してくれなくても」
「……そうですか? センパイが来るから、片付けたんですけど……」
いやいや、今日の目的はクリスマスパーティであって、個人的な訪問ではないのだし……と、涼花は心の中で指摘する。
望まぬ邂逅とひとつの挑戦
いつものように、はなり亭で一人の時間を楽しんでいた絢子だったが、その日は珍しく一人の女性客に声をかけられた。彼女の距離感や話しぶりに困惑しつつも、新しいつながりが生まれるきっかけとなる。
忘年会シーズンとなり、職場の飲み会に参加した絢子は、苦しい過去を呼び起こす人物と遭遇してしまい……
(あれから全然会うことも、出くわすこともなかったのに……なんで……)
「やっぱり絢子だ! すっげぇ、久しぶり! 何してんの?」
動揺と緊張からか、絢子は喉が乾ききったように声を出せない。逃げ出したいのに、足がすくんでしまう。
また、自分の一挙手一投足を指摘され、批判され、きつい言葉をかけられるのかと思うと、どうしていいか分からなくなる。
絢子はそんな自分を叱咤し、冷静に対応しようと努めた。
今ここに居るのは、惨めに置き去りにされた女子大生ではない。もう十分に社会経験を積んで、それなりに人との接し方を経験してきた人間なのだから……!
「会社の忘年会で来てただけ。そろそろ戻らないと……」
とにかく冷静に、何てこともないような調子で言葉を返し、絢子は足早にその場を去ろうとした。しかし、征也は絢子の肩を掴んで引き留めてくる。
「なんだよ、連れないこと言うなって。俺もちょっとした忘年会でさ。どうせつまんねぇ会社の集まりなんだろ? 俺の席来いよ。久しぶりに話そうぜ?」
よく知りもしないくせに、自分の会社を「つまらない」と評されるのはしゃくに障る。……確かに、今の絢子の会社での立場はつまらないものだ。嫌気がさして、うんざりすることはたくさんある。
でも、今この男に簡単に断じられるのだけは不愉快だ。