とある山奥に小さな赤子が残されました。山と森のふしぎな力でその子は生き延び、全身を苔に覆われて育ちます。人も言葉も知らないまま少年となったその子は、山森を手入れしながら動物たちと共に暮らしていました。ある日、山の湧き水の淵に可愛らしい少女が現れます。少年は巫女姫である彼女に言葉を教わり、仲良くなります。楽しい日々もつかの間、隣の国が大雨に乗じて彼女の国へ攻め込もうとしていました……。
むかしむかし、世の中にはふしぎな出来事がたくさんありました。神さまや目に見えない妖精などのしわざとされた神秘的なそれは、時が経つにつれて少しずつ失われていきました。
失われたのではなく、解き明かしてしまったからだという人もいます。感じる術を忘れてしまったのだという人もいます。軽んじられた神さまたちのほうが人の世から去ったのだという人もいます。本当のところは誰にもわかりません。
けれど、人々の心がそれを求めているのは今も昔も変わりません。これは、まだ世界にふしぎが確かに残っていて、思いの強さが奇蹟を起こすと信じられていた頃のお話です。
深い緑に覆われた山がいくつも連なるところがありました。その中のひときわ大きな山に、小さな男の赤ちゃんを抱えた母親が迷い込んできました。どうしたわけでこんな山奥まで来たのか、山や森、棲んでいる生きものたちには知りようがありませんでした。ただ、その母親が我が子をとてもとても愛していたのは感じとれました。粗末ながらも清潔な布にくるまれた赤子を、母親は茂みに隠して優しく話しかけました。
「ちょっとの間、待っていてね。水と食べ物を探してくるわ」
赤子のまだよく見えない目は母親の姿をぼんやりと捉えて、機嫌の良い声を上げました。母親はその柔らかな頬にそっと口付けると、茂みから這い出しました。そして辺りを見回して祈りました。
「泰然たる山よ、瑞々しき森よ。どうぞ私の子をお守りください」
深く深く祈って、母親は水を探しに行きました。それきり、どうしたことか母親は戻ってきませんでした。どこかで足を滑らせたのか、思ったよりも体が弱っていて動けなくなってしまったのか、はたまた飢えた獣に襲われたのか。母親が赤子を呼ぶ声も悲鳴も一切聞こえませんでした。
おくるみだけのその子は放っておいたら一日と持たないでしょう。暑いぐらいの初夏とはいえ、日が暮れれば体は冷えて命の火もかき消えてしまうでしょう。
そんな自分の運命を知ってか知らずか、赤子は周りの緑に微笑みかけ、何が楽しいのかきゃっきゃっと笑い声を上げていました。
しだいにお腹がすいてきた赤子はぐずり始めました。けれど駆けつけて抱き上げてくれる者はなく、誰も応えてはくれません。赤子は大声で泣きだしました。ひとしきり泣いて疲れてはうとうとし、目覚めるとまた泣きだしました。
それを何度か繰り返すうちに、その口元にしなやかな枝が垂れ下がり、今しがた開いたばかりの葉から清らかな露が流れ込みました。赤子はその葉をしゃぶって飢えと渇きをしのぎました。
親を失くした赤子を哀れに思ったのか、引き裂かれそうな喧しい泣き声を止めたかったのか、とにかくこの山と森は赤子を生かそうと決めたようでした。それがどんな結果になるのか、わかってしたことではないでしょう。けれど、ただの気まぐれではなかったに違いありません。
赤子は山と森からの恵みを受けて育ちました。柔らかな蔓草が口元まで伸びて、その先から滋養ある甘露がしたたりました。赤子はおしゃぶりのようにそれを吸い続けました。
体の下はふかふかの苔が生えて、かごのように盛り上がりました。その中にねずみやりす、兎に山鳩やうずらなどなど、森の小さな動物たちが寄り添って温かく身を包みました。その上には大きな蕗の葉が広がり、雨や強い日差しを遮りました。こうして飢えや雨風、寒さ暑さから守られました。
鷹やふくろう、狐や狸、猪に狼や熊までもが赤子を興味深く眺め、その匂いをかぎにきました。が、山と森の意思を感じたのか、ちょっかいを出そうとはしませんでした。
やがて赤子ははいはいをし始め、自分で手を伸ばして草の実を取ったり、地面をほじくったりするようになりました。おくるみはいつの間にかはだけて、赤子は裸ん坊で辺りをうろうろしだしました。
赤子の周りにはいつも動物たちがかわるがわるついていました。赤子が危ない場所へ行きそうになると、彼らが呼びかけたり体を押したりして向きを変えさせました。小石やら毒の草などを口に入れそうになるとさっと奪い取って、泣き出す前に花や虫をちらつかせたり、自らが飛び跳ねて見せたりして注意をそらすのでした。
そうして、森と山、動物たちは自分たちにできる限りをつくして赤子を育てました。食べるものを与え、暑さ寒さをしのぐのはなんとかできましたが、体を洗って身なりを整えたり、人の言葉を教えたりはできませんでした。
風呂に浸かるどころか、水浴びさえも知らない男の子は、しだいに垢が厚く積み重なってきました。ひどい臭いがするはずですが、垢の上に苔がびっしり生えてそれらを養分にしましたので、鼻が曲がるほどではありませんでした。ところどころにきのこも生えて、男の子はお腹がすくとそれをつまんで食べたりもしました。
苔の肌はどんどん厚くなって、男の子の見た目は巨人のように大きくなりました。ふしぎなことに、苔が生え積もった手足を長く伸ばして自在に扱えるのでした。谷や斜面を一またぎしたり、高い木のてっぺんに引っかかった鳥の羽をつまみとることもたやすくできました。全身を苔に覆われ、緑色の巨大な人型となったその姿は自然の司、森おとこに似ていました。
古い時代、ひとつの森には必ずひとりの森おとこがついていて、かつてはこの山も森も大事に守られていました。彼らは大樹に似た姿をしていて、ゆったりゆったりと歩き、器用な手を二本かそれ以上持っていました。木々はもちろんあらゆる植物と、それを支える土、潤す水の流れを細やかに手入れして美しい森を保っていたのでした。
森おとこたちは植物をたいそう愛していましたが、それ以外にはあまり関心を払いませんでした。なので、大きな神々のいざこざから発した世界の環境の変化についていけませんでした。影響は弱い植物から現れ、次第に枯れていきました。彼らはそれを嘆きながら必死に世話を続けましたが、一向に報われず、望みを失って少しずつ姿を消していきました。
残された植物たちはただ放って置かれて年月は過ぎていきました。思い思いに枝葉や根を伸ばし、蔓延っては絡まり互いを枯らしあう、荒れ放題の時代が長く続きました。それは人間を含む生きものたちにもつらく苦しい試練でした。
その長くひどい混乱の末にようやく秩序が生まれ、人間たちは森おとこたち自然の司を忘れていきました。けれども、物言うことなき山や森は彼らに慈しまれた日々が忘れられませんでした。
山と森は再び森おとこと暮らしたかったのでしょうか。それとも、母親の願いを出来る限りで叶えてやっただけなのでしょうか。
男の子は毎日森をさまよいました。ただ目に映るものを見て、聞こえる音を聞き、手が届くものを食べました。山や森の意思を感じ取り、動物たちと心を通わせ、食べられるもの、危険なものや場所などの生きるための知恵を得ました。小さな彼らとしぐさや鳴き声のまねっこや、追いかけっこやじゃれ合いをして遊んだりもしました。男の子はそこから優しさといたわりを学び取りました。
夜は山頂近くの土壁にあいた大きな洞で丸くなって眠りました。狐が教えてくれたその洞は床も壁も苔で覆われて適度に湿り気があり、夏は涼しく冬は暖かい快適な場所でした。奥には苔が盛り上がった段があり、狐が拾っておいたおくるみの布が敷いてありました。男の子にはちょうどいい枕でした。
雨の日はそこから一歩も出ずに外を眺めて過ごしました。体がぬれるのは嫌いでした。水を吸った苔がずっしりと重くなって動きづらくなってしまうからです。そんなときは動物たちが食べ物を運んできてくれました。お礼に器用な手でしらみを取ったり、かゆいところをかいてあげたりしました。
男の子はそのまますくすくと、人に会うことなく成長し、少年と呼べる年頃になりました。動物たちとゆったり過ごしてきた彼は荒っぽさはなく、穏やかで優しくてのんびりとした質となりました。それでも力は少し強くなって、熊や狼などの大きな動物と取っ組み合いをして遊んだり、草木の手入れも出来るようになりました。
それまで山森は荒れ放題で、木の枝も草も絡み合って風が通らず空気がよどんでいました。固く乾いた地面は落ち葉が積もってもなかなか土に返らず、筋張った木の根の間に溜まったままでした。
山と森の望みを感じ取った少年は、もつれた枝や蔓をほどきました。伸びすぎて込み合ったところは兎やりすにかじってもらいました。落ちた枝葉の柔らかいものはすぐに兎や鹿たちが、堅い枝は虫たちが時間をかけて食べていきました。やがて森のなかはすっきりとしてさわやかな風が駆け抜けました。
【サンプルはここまでです。ピクシブではもう少し長く載せています】
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