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命のねだん

  • 南1-2ホール | J-76 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • いのちのねだん
  • 遠野みづき
  • 書籍|B6
  • 44ページ
  • 200円
  • https://www.pixiv.net/novel/s…
  • 2002/8/11(日)発行
  •  詩人志望の若者は、旅の途中で立ち寄った砂漠のオアシスで、様々な人の話を聞くのに夢中でした。若者は旅人たちからせがまれて、「命のねだん」というお話をします。それは、大金と引き換えに寿命を魔物へ売ったおろかな男の話。話し終わった若者に、見知らぬ大男が、そのおとぎ話の元となった出来事を語り始めました……。お話の中にお話がある、入れ子形式になっています。私のお話にたびたび出てくるキャラクター、魔人さんも登場します。【※表紙のデザイン、紙の種類が見本と違う場合があります】


    「命のねだん」

     1 砂漠の夜

     子供のころからお話が好きだった若者は、詩人にあこがれて十六で家を飛び出しました。若者はあてどもない旅をして、やがて砂漠のオアシスにたどりつきました。
     ここは砂漠を旅する者たちが必ず立ち寄るところ。隊を組んだ商人の一行から大道芸人の一族、この若者のような変わり者までいろいろな人が集まっていました。
     夜の冷たい空気の中、オアシスの泉を月が照らすその横で、寝付かれない人たちが焚き火を囲んで話をしていました。今までに旅した国のうわさ話や、見たこともない貴重な品々のこと、魔物が住み着いた危険な道のこと、たくさんの話が大勢の人の間を行き交いました。
     若者は興味をそそられる話が耳に入ると、それをしっかりおぼえようと、熱心に聞きいっていました。そのうちにみんな話すこともなくなり、焚き火の炎を見つめるばかりになりました。そんな時、輪の中の老人が若者に話しかけました。
    「にいさん、あんたはさっきからずっと黙ったまんまだね。詩人になりたいといっていたが、よかったら何か話をしてくれないかね」
     まわりの人たちが拍手や口笛を吹いて囃したので、若者はあわてました。
    「とんでもない、私は詩人になりたいと言っているだけなんです。皆さんを楽しませるような話など、出来そうにありません」
     みんなはなんでもいいからと、しきりに促しました。若者は仕方なく、一つのお話をすることにしました。
    「では、私の祖母から聞いた『命のねだん』というお話をひとつ。祖母はいつも、『この話は本当にあったことなのだよ』と、私にくり返し聞かせてくれました」
     上ずる声を気にしながら、若者は話し始めました。

     2 命のねだん

     昔、とても欲張りでぜいたく好きな男がおりました。男はいつもいつも、もっとお金があったらと考えていました。
    「ああ、もっと金が欲しいなあ。上等のワインに食事、服ももっといいものが着たいなあ。大きくて立派な家に住みたいなあ。どこからか金が降ってこないかなあ」
     ある夜のことです。ベッドに入って男はつぶやきました。
    「ああ、もっともっと金が欲しいなあ」
     すると、窓のほうから声がしました。
    「お前の望みはそんなことかい?」
     男はびっくりして跳び起きました。窓の外に誰かがいます。影法師のように暗くてひょろひょろとした姿が、月明かりでぼんやりと見えました。
    「ま、魔物だな! 何の用だ」
     魔物は窓のすきまから、煙のように入ってきました。
    「金が欲しいなら、俺が出してやろう」
    「ほ、本当か?」
     金と聞いて、男は恐ろしいのも忘れてベッドから降りました。
    「ああ。その代わり、お前の寿命を少し、いただくよ」
    「寿命だって!」
     男はぎょっとして叫びました。魔物は猫なで声で語りかけました。
    「このまま欲しいものも手に入れられずに、だらだらと生きていくのかい? ほんの少し寿命を削ったって、大して違いはないさ。お前は金が欲しいんだろう?」
     男はしばらく考えてうなずきました。
    「あんたの言うことももっともだ。地道に稼いだってたかが知れてる。貧乏なままで長生きするなんてまっぴらごめんだ」
     魔物は醜い顔をゆがませてうれしそうに笑いました。
    「お前は物分りがいいね。さあ、右手を出すんだ」
     男が手のひらを差し出すと、魔物はつめでなにやら書きしるしました。右手がぴりぴり痛みましたが、男は黙って耐えました。
     書き終わると魔物は言いました。 「これで契約は済んだ。他に欲しいものがあれば、また寿命と交換してやるよ。じゃあな!」
     魔物は窓をすり抜け、裏庭をぴょんぴょん、はねるように駆けていきました。魔物が見えなくなってから、男はベッドにずっしりと金貨の山が積んであるのを見つけました。男は小躍りして喜び、その夜はとうとう眠れませんでした。
     あくる日、男はその金で立派な屋敷を買い、家具をそろえ、望みどおりのぜいたくな暮らしを始めました。この幸運を他人に分けようとは、男はちっとも考えませんでした。もっとも、魔物に出会ったことが幸運かどうかはわかりませんが。
     急に金持ちになった男をやっかむ人もいましたが、いいお得意先ができた商人たちは男におべっかを使ってすりよるようになりました。おだてられていい気になった男は、めずらしいもの、おいしいもの、美しいものをどんどん買いつづけました。
     こんなお金の使い方では、いくらあっても足りません。男はたびたび、魔物を呼び出してはお金を出してもらいました。ほんの少しずつ寿命を削るくらい、どうって事なかったのです。
     ぜいたくな日々に退屈してきたころ、男は美しい娘を見かけました。娘の家もまた、けっこうなお金持ちで、祖先に貴族の血が入っている、由緒正しい名家でした。
    「あんな娘を妻にできたらなあ」
     男は山のような贈り物を持って娘に結婚を申し込みました。しかし、娘は百足でも見たかのように顔をしかめました。
    「あなたのような人がわたくしに結婚を申し込むなんて、あつかましいにも程があるわ。鏡を見てごらんなさい」
     娘はそう言い放つと、さっさと家に入ってしまいました。
    「こんなに金持ちの俺様を袖にするとは、なんて娘だ」
     男は怒って家に帰りました。出迎えた召使いたちに当り散らし、自分の部屋に閉じこもりました。
     男は娘の言葉を思い出し、姿見に自分を映しました。
     鏡には、ぶくぶくと太った醜い男が映っていました。毎日のぜいたくな食事でこんなに太ってしまったのです。
    「なんてひどい姿だ。いくら金があったって、こんな男を夫にしたいと思うわけがない。どうして誰も忠告してくれなかったんだろう」
     その夜、男は魔物を呼び出しました。願いを告げると、魔物はにやにやと笑いました。
    「そろそろ、金以外のものがほしくなるだろうと思ってたよ。ただ、美しさって言うのはちょっと高いんだよ。それでもいいかい?」
     男はうなずきました。
    「あの娘と結婚できるんなら、安いものだよ」
    「よし、寿命と引き換えに美しさをやろう。一晩眠って起きたら、どんな女もほれぼれするいい男になっているよ」
     翌朝目覚めると、魔物の言うとおりになっていました。驚く召使いたちに、美男になる薬を買って飲んだのだと、男はごまかしました。召使いたちはお給金のいいこの家を首になるのがいやだったので、何もたずねませんでした。
     男は渡しそこねた贈り物を持って娘の家へ向かいました。男を見た娘は、一瞬顔をほころばせました。けれども、男が結婚を申し込むと不機嫌な顔で言いました。
    「あなたのようにひどい声の人と一緒に暮らすなんていや」
     どうやら娘はひどく気位の高い性格のようでした。けれども男にとっては、可愛いわがままにしか聞こえませんでした。
     それから男は、毎日娘のもとへ通って注文を聞き出しました。『馬に乗れなければだめ』『剣の扱いが巧みでなくてどうしてわたくしを守れるの』『ダンスが上手でなければ舞踏会で恥をかくわ』『詩ぐらい書けなくては』などなど。それら全てを、男は魔物にかなえてもらいました。
     ある日、ついに娘は言いました。
    「やっとわたくしの夫にふさわしくなったわね。これなら結婚してあげてもいいわ」
     男は天にも昇る心地でした。娘は言いました。
    「結婚式はうんと派手にやって下さいませね。四頭立ての美しい馬車でお嫁入りするのが夢なの。馬車も馬も、雪のように真っ白でなければだめよ」
     男は一も二も無く承知して、喜び勇んで家に帰りました。さっそく魔物を呼んで結婚の報告をしました。魔物は言いました。
    「そりゃあ良かった。おめでとう。あんたの役に立てて、俺もうれしいよ」
    「ありがとう、あんたのおかげだよ。さっそくだが、結婚式に四頭立ての馬車がいるんだ。馬車も馬も雪のように真っ白なやつだ。さあ、早く出しておくれ」
     とたんに魔物は大声で笑い出しました。
    「どうしたんだ」
     魔物はしばらく笑い転げてから言いました。
    「お前に出せるものはもうこれだけだよ」
     魔物は銅貨一枚をはじいてよこしました。宙を舞う銅貨は、ぽかんと開けた男の口に吸い込まれるように入りました。
    「すっかり寿命を使い果たしちまったね、毎度あり!」
     その言葉に驚いた男は、思わず銅貨を飲み込んでしまいました。
     そして、銅貨がのどに詰まり、男は死んでしまいました。
     魔物にかかわるとこうなるのさ、というお話。


    (サンプルはここまで、ピクシブではもう少し長く載せています)

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