大きくなったら王子さまと結婚してお姫さまになる、母親にそう言い聞かされて育ったイリクサは、美しくも賢くもない陰気な娘に成長します。家でも学校でも厄介者として扱われる彼女の前に、都から移り住んできた美しく賢い娘リリーが現れます。リリーはイリクサが周囲に疎んじられていることを気にせず、二人は仲良くなります。リリーはイリクサにはとても親切でしたが、気に入らない者には冷酷で、その落差にイリクサは怖れを覚えるのでしたが……。
「巣食い虫の望み」「死出戻りの望み」のイリクサと紅の魔女の少女時代のお話です。2冊セットとなっているのは製本の都合です。※在庫は僅か、再版の予定はありませんので、この機会にお求めください。
むかしむかし、ある村にとても美しい娘が住んでいました。炎に照らされた黄金のような髪と空を映した湖水のような青い瞳、ミルクのように滑らかな白い肌の娘は誰もがうらやむ、すばらしい男性と結ばれることを夢見ていました。村いちばんのお金持ちや、村いちばんの優男に力自慢、お人好しや働き者などが彼女に結婚を申しこみました。けれども、彼女は首を縦に振るどころか微笑みひとつ返しませんでした。自分にはもっともっとすばらしい男性でなければつりあわないと考えていたのでした。
彼女は自分にふさわしい相手が現れるのを待ち続けました。自分は評判の美女なのですから、どこかの国の王子さまほどの立派な殿方が噂を聞きつけて、必ずや自分を見つけだしてくれると信じていたのでした。
時は流れて、同じ年頃の女たちは妻となり母となって何人も子供を産み育てていました。彼女のふた親や周りの者は娘盛りを過ぎた彼女に、高望みせずに同じ村の男と所帯を持ったほうがいいと勧めましたが、頑として受けいれませんでした。村いちばん、いいえ、この地方一帯のいちばんの美女の自分が、並の女たちの夫とそう変わらない、もしくは劣る男を伴侶にするなど到底我慢できませんでした。
結婚の話を出すと彼女は激しく怒って手がつけられなくなるので、親も周りの者も次第に何も言わなくなりました。それでも心配がたたったのか、彼女のふた親は病に倒れて次々に亡くなってしまいました。ひとりになった彼女は、親が残してくれた家とお金で何とか暮らしていましたが、先行きは暗いものでした。
彼女は毎晩酒場に現れては自分は運が悪かったのだと嘆き、居合わせた者の同情を引いて一杯せびるようになりました。そして、本来ならとっくに玉の輿に乗ってこの村を出て、優雅な暮らしをしていたはずなのだと繰り返すのでした。
そのうちに彼女が身ごもっているのに村人たちは気がつきました。村を通りすぎる無責任な旅人が子の父親だろうと人々は噂し、好いように騙されたのだと哀れみましたが、彼女は決して認めませんでした。
彼女は相手については何も語りませんでしたが、自分の腹にいる子は特別な子なのだと言って奇妙な行動を始めました。毒だといわれる木の実を食べたり、日中は家にこもって月の出る晩にだけ外をうろついたり、やたらに水に浸かって体を冷やしたり、ともすれば子が流れてしまいそうなことばかりをしていました。
村人は驚いて止めましたが、彼女は聞く耳を持ちませんでした。こうすれば赤ん坊は比類なき美しさと賢さに加えて、自分にはなかった運の良さを兼ね備えて産まれてくる、そして成長した暁には高貴で裕福なお方と結ばれて自分を幸せにしてくれるのだと言いました。誰からそんな方法を教わったのかたずねると、夢のお告げがあっただの、旅の占い師に予言されただの、神の御使いが教えてくれただのと、言うことがころころ変わるのでした。眼をらんらんと輝かせて語るその様子に、村人たちは気味悪がって彼女を避けるようになりました。そうして産み月までが過ぎました。
彼女は産婆も誰も寄せつけず、ひとりで赤ん坊を産みおとしました。思ったとおり、女の子でした。母親となった彼女はひとりで赤ん坊の世話をしました。首の据わらないうちからどこへでも赤ん坊を連れまわして見せびらかしました。顔立ちもはっきりせず、まだ何もできないその子がどんなに可愛らしいか、賢いかを自慢して回るのでした。そのかわいがり方は親ばかの域を超えていて、村人たちは呆れながらも心配し、何かあったら助けてやろうと思っていました。
赤ん坊は他の子供と同じように手足をばたつかせ、声を上げ、日ごとに成長しました。母親の金髪も青い瞳も受け継かず、真っ黒な髪と苔色の瞳でしたが、自身とは違う類の美女に育つのだと思いこんで、蝶よ花よとかわいがりました。
そのうちに赤ん坊は何もない所を見て手を伸ばしたり笑ったり、言葉にならない声で話しかけたりするようになりました。母親はきっと妖精か天使が見えているに違いないと良いほうに解釈して、我が子は特別な子なのだと触れ回りました。村人ももう慣れてきて、いちいち否定せずに放っておきました。
やがて赤ん坊はよちよち歩きを始め、乳離れし、おむつも取れ、言葉を話すようになりました。そうすると、常人には見えないものが見えているのがはっきりわかってきました。木や草花、扉の影や暗がりに向かって話しかけたりするのですから。そこに何かいるのかと聞くと、小さなものがおしゃべりをしているだの遊んでいるだのと舌足らずな口で楽しそうに答えるのでした。
そのたびに母親は自分の子の特別さを実感し、成長した我が子が自分に優雅な暮らしをもたらすことを想像して幸せな気分にひたるのでした。けれど周りの者たちには、その子の言動はよくある子供の思いこみにしか見えませんでした。
母親は物心つかない頃からその子に、おまえは世界でいちばん美しく賢く運のいい子、そう産んであげた『おかあさま』に恩返しをしなければならないと言い聞かせていました。
「どうなったらおかあさまはしあわせなの?」
その子が聞くと、母親はこう答えました。
「おまえが立派な王子さまと結婚してお姫さまになって、一緒に何不自由なくお城で暮らせたらとても幸せよ」
我が希望、我が光ともてはやされたその子は、いつか自分はお姫さまになって母親を幸せにするのだと信じきっていました。けれどそのために何をしたらいいのかは、子供ですからわかっていませんでした。
母親は普通の女の子がお姫さまになるお話の本ばかりを読み聞かせました。主人公がお話の中でする、掃除や洗濯、料理や縫い物、行儀作法や上品な言葉遣いができるようになりなさいと言いつつ、やり方は教えませんでした。家事や教養は自然に身につくもの、自分もそうであったのだから特別な我が子ならなおさら、と母親は思いこんでいました。本当は、親や周りの大人からそれとなく教えられていたのでしたが、すっかり忘れてしまって気づきもしませんでした。
やがてその子が大きくなってくると、残念なことにたいして美しくないのがわかってきました。目鼻立ちは整っているとは言えず、肌はまだらに赤あざが浮くようになり、固い黒髪や苔色の瞳は表情を陰気に見せました。母親はあれこれ着飾らせたり、髪を結ったり頬や額におしろいをはたいたり唇に紅を差したり、考えつく限りの工夫をしましたが、ましにもなりませんでした。それでも年頃になれば美しく魅力的になるはず、まだそう信じていました。
五歳を過ぎると母親はその子を学校に入れました。村で学校に行くのは家計に余裕のある家の子や特別頭の良い子ばかりでした。容姿はともかく、普通の子よりずっと賢いはずと母親は期待していました。しかしそちらも見込み違いでした。
幼い頃からお姫さまの出てくる絵本をたくさん読みきかせていたので文字は読めましたが、勉強となると何をどうしたらいいのかわからず、先生の話を真面目に聞いているのに成績はよくありませんでした。さらには手先も器用でなく、運動も上手くできませんでした。
見えないもの――小さな獣や虫のようなものだとその子は言いましたが、それらが見えたり声が聞こえたりすることだけがその子の特別さでした。しかし、誰にも証明できないそれを誰も信じませんでした。それらが善い事も悪い事もせず、存在する証拠も残さないので村人たちは何の不都合もなく、信じる必要がなかったのでした。その子は人の気を惹きたくておかしなことを言うのだとみんな思っていました。
それまで母親に大事に扱われ不相応に褒められて育ったその子は、人前でいつも失敗をし、恥をかくことが多くなりました。次第にその子は口数が減り、見えないものの話をしなくなりました。
お姫さまのように無邪気で優しくて、話し好きでおおらかだった性格は、すっかりいじけて引っ込み思案となってしまいました。母親もその子をどう扱うべきかわからなくなってしまいました。
十を過ぎても美しさの兆しも賢さも魅力もなく、不器用で運の良さすら感じられないその子に母親は興味をなくし、厄介者と思うようになりました。村中でその子は変わり者扱いされ、いつも誰かに笑われてびくびくおどおどとしていました。
その女の子の名はイリクサ。万能の妙薬という意味です。希望をこめてつけられた、大げさすぎるその名は今では嘲笑をもたらすのみでした。
【サンプルはここまでです。ピクシブではもう少し長く載せています】
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