こちらのアイテムは2026/9/13(日)開催・文学フリマ大阪14にて入手できます。
くわしくは文学フリマ大阪14公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

SFBLアンソロジー

  • ち-76 (小説|BL)
  • えすえふびーえるあんそろじー
  • KONOAKIRA
  • 書籍|A5
  • 250ページ
  • 2,500円
  • 2026/9/13(日)発行
  • SFBLに特化したアンソロジー集です。参加者10名。各人1万文字の短編小説を書いております。様々なSFBLの世界をお楽しみください。各人のプロフィール代わりの30問の実門もお楽しみください!ステッカーおまけあります!

    【機械仕掛けの心臓/サンプル】

    第一章:フルオーガニック


     金色のジャンパーから腕を伸ばし、俺は滴り落ちる雨をその掌に受けた。

    ──灰色の空から降ってくるってのに、雨は透明なんだな。


    「その腕、生身かい?」


     しゃがれた声が傍らからかけられる。薄汚れた毛布が積んであると思っていたそれは、腰の曲がった老婆だった。


    「ここらじゃ珍しいねぇ……どうだい片腕2万で。仲介料はいらないよ、工場(こうば)はすぐその裏だ」

    「……申し訳ないが、俺はこの両腕を気に入ってる。売るつもりはない」

    「おや、声帯も生かえ。もしや全身……? フルオーガニックかえ?」

    「そうだと言ったら?」

    「一儲けできるってのにさ。勿体ないよ……」

     

     俺は物欲しそうな目をした老婆から離れて、向かいの店の軒先に移った。

     ここには三種類の人間がいる。俺のような生身の人間、身体のどこかを機械にした人間、身体全てを機械にした……人間じゃなくロボットか。このスラムじゃどうでもいいことだけどな。

     雨の向こうにチカリと遠くの白い光が見えて、俺はそちらを見上げる。

     スラムを見下ろすように立っている、A等級人間の城。

     その裾野にはスラムが広がっている。ここには法律も規則も何もない、ただ飯を喰って眠るだけの獣に似た人間しかいない。

     それでも中には城に入ってみようとあがく奴もいる。城に入れさえすれば等級が上がったとみなされ、城での生活を許されるとかなんとかという噂。


    「城に入るの挑戦した奴いたっけ」


     俺は泥水よりはマシ程度の薄いレモネードを飲みながら、隣に座った見知らぬ男に声を掛ける。


    「三年ほど前に登ったって奴が居たそうだが、帰ってきた噂も気かねぇから殺されでもしたんだろ」

    「……まあ、そうだろうな」

    「なに、城目指してんの?」

    「そういう訳でもねぇけど、泥水すするのも飽きたしな」


     話していた男がふらりと去っていく。


    「……ここがD階層なんだから、AとBとCの階層があるってことだ。食べかすのような生ゴミも、城のダストシュートから出てくる。上層階にはかなりの数の人間がいる」


     そんなことを考えても意味がないことも分かっている。

     ただ産まれてから手首に彫られた、バーコードと八文字の英数字。これで何かを管理しているはずだった。

     スラム育ちはどこからか生まれ、誰かが育て、ゴミのようにいつか死んでいく。名前、常識、親や兄弟という概念もない。

     俺は城に登りたいとは思わないが、ただスラムの人間の何を管理しているのだろうということだけは興味があった。文字やバーコードに規則性はない。赤ん坊と、朽ち掛けた老人が似た番号だったりする。なんのために。誰のための管理か。

     スラムでは人が死のうが、生まれようが誰も気にしない。けれど、子供が生まれると黒服のスーツ男が現れ、子供にバーコードと英数字の印を与えて去っていく。

     物心ついた頃からそれは日常的に行われていたことだから、誰も不思議にも思わない。

     片腕2万円。ろくな物もないこのスラムで、片腕を失ってまで金なんかいらない。生身の人間だってことに、プライドなんてないけど、それなりに愛着はあるからさ。


     エミリアに会ったのは俺が十二歳の時だ。奴と家は隣同士だったが、俺はそれまで奴の存在を知らなかった。

     ある日、奴がボロアパートから顔を出した。そしてやることもなくて玄関前に座り込んでいた俺の前を通りすぎた。それが数十回、視線を交わすこと十数回、初めて喋ったのは出会ってから3ヶ月も経った頃だった。


    「あぁえ、あ?」


     最初、奴が何を言っているのか俺にはわからなかった。その頃奴は奴で、口蓋を全摘、サイボーグ化したばっかりでうまく喋れなかったのだとは後で知ったことだ。

     そう、エミリアはかわいい名前をしてるけど、全身サイボーグの男。

     顔の大きさや基本骨格は少年期から青年期までさほど変わらないという言葉を信じた両親によって、その頃の奴は顔全体をサイボーグ手術されている真っ最中だった。


    「あん?」


     そんなことなど勿論知らない俺は、目の前の細っこい同い年くらいの少年が目の前にたったのをただ眺めていた。隣家の住人だからといって、気安く話をするほど平和な街じゃない。ましてや、明らかにサイボーグと分かる相手だ。差別はしないが区別はする。


    「あぁえ、おいぇて」

    「だから、何言ってんのかわかんねぇんだよ」


     少し苛ついて俺が返すと、奴は不器用に顔を歪めて(本人は笑顔のつもりだったらしいが)俺のすぐそばに同じようにしゃがんだ。体つきも年齢も俺と同じぐらいだろう。だが不器用に発せられる声に、俺は少し嫌悪を含ませた表情でエミリアを見ていたかもしれない。


    「あ、あ、え」


     奴は指先を地面に当てると、ミミズがのたくったような字で湿った砂地に「エミリア」と綴った。そして己を指し「あぁえ」と繰り返すと、今度は俺を指差してきた。俺は漸く分かった。


    「あ、あぁ……「なまえ」か?」

    「ぅん。あぁえ、おいえて」

     

     俺は「カイト」とエミリアの字の横に綴った。この辺では読み書きができる人間は少ないが、それでも皆自分の名前くらいは書けた。

     それで毎日、エミリアは俺の横に並んで街をただ見つめるようになった。

     エミリアの家はいつも赤ちゃんが泣いていて、兄弟が殴り合いの喧嘩をしていて、常に父親が罵声を、母親が金切り声をあげていた。

     俺の家と対照的だった。

     俺は十二の年にはもう一人だった。両親の顔は知らない。四つ上の兄がいた筈だが、俺が十を過ぎていくらも経たないうちに彼は消えた。俺を置き去りにしたのだ。

     ぽつりぽつりと俺らは自分達の境遇を交互に話した。 

     エミリアは時々、長期にいなくなることがあった。一週間から長いと一ヶ月ほど。そしてその度に、奴は手足を、内蔵を、どんどんサイボーグ化していった。

     ──いや、されていった。

     この街では人間の肉体がサイボーグのパーツよりも高額で売れる。エミリアの両親は子供を次々と産んでは、年頃になるとその体を売りさばいて生計を立てている様子だった。

     そのおかげで、エミリアは成人を迎える十六の頃には脳みその一部と脳幹を残して全身サイボーグと化していた。

     そして今。十八を前にして俺たちは今日も玄関前で話をしていた。


    「エミリア、ちょっと昼飯買ってくる」

    「そんな時間か」

    「朝からなにも食ってない」

    「やれやれ……面倒な身体だ」

    「うるせぇ」

    「正直に言ったまでだ」

    「おまえだって身体のメンテナンスぐらいするだろう」

    「毎日する必要はないが」


ログインしませんか?

「気になる!」ボタンをクリックすると気になる出店者を記録できます。
「気になる!」ボタンを使えるようにするにはログインしてください。