(1)清継①
三十歳になった。
なってしまったというのが感覚としては正しい。
久堂清継(くどうきよつぐ)はとある書類を手に、高層ビルの社屋から下界を眺めていた。
短く整えた黒髪に、気の強そうな鳶色の瞳。整った鼻筋に肉感のある大きめの唇は女性からセクシーだとよく褒められた。
莫大な親の金、受け継いだ大会社、抱えた大勢の従業員。それらを元に仕事して仕事して、遊び倒して、また仕事をしてきた。自由気ままに過ごした日々もこれで終わりだ。
鋭い眼光に鍛えられた体躯をスーツの下に隠し、商談相手には微笑みを絶やさない。しかし、一旦笑みを収めればその男らしい精悍なルックスと他を圧する存在感で、人々の中から抜きん出てる。自他共に認める自信家で野心家の男であり、そのための努力も惜しまない。
その制度は知っていた。だから通知には驚かなかった。正直この日を待ち望んでいたかもしれない。
『政略結婚通知』
その書類の一枚目にはそう書かれていた。薄い紙切れが二枚。その二枚めには自身の結婚相手の写真が貼られ、氏素性が書かれていた。
「へぇ……面白いじゃんか」
一読して唇の端を引き上げる。相手の写真の目元、泣きぼくろに指を這わせる。
こうなるなんて予想もしていなかった。だから人生は面白い。そう思わせてくれるには十分だった。