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血だ。戦場に血の雨が降り注いでいる。
騎士シュヴァインは頭上を見上げた。そこには東の守りの要であるアーチー卿の城に巻き付く巨大な竜の姿があった。銀青色の鱗の大半が今は血に濡れている。その根源は鋭い牙が並ぶ口吻に咥えられた自身の率いていた小隊の若者たちの無残な残骸であった。竜が首を振ると、ぼたぼたと血肉や内臓、千切れた手足が降り注ぐ。
「……地獄だ」
傍で十騎士の一人、ファイゼンが呆然と呟く。シュヴァインはその肩を手甲をつけた手で強く押した。鋭い眼光でまだ若い騎士へと怒鳴る。
「本物の地獄を見たように言うな! 騎士が、将軍が弱気では軍の士気に関わる! 戦場では二度と弱音を吐くな!」
シュヴァインは五十八になる人間軍の十騎士の一人だ。白髪混じりの長い髪を背中で緩く束ねており、深く皺の刻まれた眉間に青灰色の瞳を持っていた。畏怖堂々たる美丈夫で十騎士の中でも群を抜いて体格が良く、身の丈に近い大剣を扱う事に長けていた。
魔物と人間が争い始めてもう三百余年になる。後の歴史にいう三百年戦争だ。
戦況は逼迫していた。
特にここ数年は人間側の敗戦が続いていた。
魔物軍の首領、魔王が代替わりをしたらしい。新王に践祚したまだ若い魔王は優秀な銀青色の竜であるという。
「こやつか……!」
シュヴァインは再度、城の塔に巻き付き咆哮する竜の姿を見上げた。魔王が戦場の最前線に出てくるとは普通なら考えもしないだろう。だが、ここは人間軍の領地の東の要。人間軍も十騎士の全員と兵士たちの半数近くをこの戦場に送り出していた。魔王が降臨してもおかしくはない。
「シュヴァインさま、ファイゼンさま! 一時、撤退しろとのことです!」
伝令が十騎士の中でも最高位のクラウスの名と命令を伝える。ファイゼンはよろめきながら自軍の方へと駆け出した。
シュヴァインは、尾を鞭のように振り今まさに空へと駆け上がろうとしている竜の姿を睨んでいた。