▼既刊
青春なんて大嫌い。
都内某所にある私立緑ヶ丘学園は有名な進学校である。
特に部活動に力を入れており、多くの部が輝かしい成果を残している。しかし、中にはそんな青春を否定したい生徒も存在する。
部活動を嫌う少年少女の青春大否定アンソロジー。
【青春=部活? そんなことない!】
◇こちらはダーハナ(@dadadadahana)、無月彩葉(@10bo72ok)、月並海の合同誌です。
一風変わった青春小説をお楽しみください。
◆収録作品
・帰宅部劣等生の放課後(無月彩葉)
・男子バスケ部の憂鬱(ダーハナ)
・羽根を休めて彩りを(ダーハナ)
・平気なフリの練習をしよう(月並海)
・夢へ向かって遠回り(無月彩葉)
◆試し読み 音楽が大好きな親友が突然、部活を辞めた。
それは八月初旬のことだった。
部活動が盛んな私立緑ヶ丘学園では、夏休みに様々な発表会・記録会が行われる。管弦楽部も例に漏れず、半月後に定期演奏会があり、部員たちは必死に練習へ取り組んでいた。夏休みだというのに生徒たちで賑わう校舎には、早朝から最終下校時刻ぎりぎりまで管弦楽部の鳴らすヴァイオリンやトランペット、ティンパニといった様々な楽器の音が響いている。
その日は、朝から行われていた全パート揃っての合奏が三時過ぎに終わった。そこから最終下校時刻までは個人練習の時間である。多くの部員が音楽室に残って、各々の練習に励んでいた。
演奏する曲のうちの一つでソロパートを任されたホルンパートの千花は、人口密度の高い音楽室の中、右端の壁際を陣取っていた。
その場所は、音の出る部分であるベルが右手後方を向くホルンを演奏するには、もってこいだった。各自が課題になっている部分を演奏する個人練習においては、色々なメロディやテンポが混ざり合うため自分の出した音は聞こえづらくなりやすい。けれども、この場所ならば自分の出した音が壁に反射して、
よく聞こえてくるのだ。
東向きの窓から柔らかい夏の風が吹き込む。換気のために開けた窓を閉めて、風に煽られて落ちた譜面を拾おうと千花が前屈みになった時だった。音楽室のドアが勢いよく開かれた。続いて耳に飛び込んできた言葉に、千花は驚きのあまり動けなくなってしまった。
息を切らしながら動揺した声を発したその人は、ヴァイオリンパートの二年生だった。
「ねぇ! 薫先輩退部したって!」
刹那、音楽室が一斉にどよめいた。
「えっなんで? 演奏会前じゃん。あの人コンマスじゃん、どうするのさ」
「わかんないけど! 職員室行ったら、たまたま先生と話してるとこ見ちゃって」
「えー……、ほんと、なんか、ショックすぎる」
「私も……。廊下ですれ違ったら絶対顔見れない泣く」
たちまちのうちに部員たちのおしゃべりが始まり、音楽室からは一切の音楽が消える。誰もが思い思いに言葉を交わす中、千花だけが急いで楽器を片付け始めた。
──薫、なんで?
噂の的になっている彼女、瀬名薫は千花の親友だ。高校で知り合い、今日までずっと一番の友達だった。少なくとも千花はそう思っていた。
それに、薫は今回の演奏会のコンサートマスター──指揮者に次いでオーケストラ全体をリードする重要な役割──である。音楽を愛している薫がその役割を無責任に放棄するなんて、信じられなかった。
とにかく、薫に直接話を聞かなければならない。本当に部活を辞めてしまうのか。演奏会に一緒に出演することは叶わないのか。それを、確かめなければならない。千花はこんがらがった思考を一つ一つ整理し、動き出した。
右脇に抱えたホルンをぶつけないよう、気を付けながら立ち上がる。けれども、急いで動いたせいか椅子の背にベルが当たり、カンッと鈍い金属音が千花の耳に入る。泣きたい気持ちでいっぱいになった。
(平気なフリの練習をしよう)