▼大阪文フリ新刊罪に対して罰を。
東久世家の当主が刺殺された状態で発見された。容疑者は、東久世糸哉。彼は東久世家の養子だった。
東久世家の一人娘、聖の元に逃亡中の糸哉から手紙が届く。内容は「昔話がしたい」。
往復書簡に綴られる二人の思い出、葛藤、憎しみ。文通の末に二人が選ぶ結末とは──。
【往復書簡形式アンソロジー】
◇砂原翠と月並海の合同誌です。月並がプロローグと東久世聖パートを、砂原がエピローグと東久世糸哉パートを担当しています。
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試し読み東久世 聖様
突然のお手紙を差し上げる失礼をお許しください。
聡明な聖様相手に取り繕っても意味のないことと存じますので、率直に申し上げます。
報道などで目にされたことと思いますが──いえ、それより先に捜査関係者からお聞きになったでしょうね──聖様の父親、そして俺の養父、東久世正史を殺したのは俺です。そして今、捜査の手から必死に逃げているところです。
あの男のことを養父、と表現する度に、俺はいつも少し笑ってしまいます。九つの時に東久世家に養子として迎えられてから十九年、俺は一度もあの男に育てられた記憶はありませんから。
まあ、あの男の稼いだ金で養われていたのですから、養父というのもあながち間違いではないのかもしれませんね。
話が逸れました。
俺の犯した殺人のために、聖様に多大なご心労とご迷惑をおかけしまして、大変申し訳なく思っています。警察からの取り調べや、マスコミへの対応など、聖様が疲弊されているのではないかと心配しています。
これだけたくさんのご迷惑をおかけしているのですから、厄介事がもう一つ増えても変わらないことを祈って、というのも非常に自分勝手な言い分ですが、どうか俺の我儘を一つ聞いていただけないでしょうか。
聖様と昔話をしたいので、しばらく俺と文通をしていただけませんか?
(東久世糸哉 1通目)
*
東久世 糸哉様
急啓
残菊のみぎり、いかがお過ごしでしょうか。
お手紙の到着、本当に驚きました。それと共に、貴方が無事に生きていることに心の底から安堵しました。
初めて内容を読んだときには、この手紙の差出人が本当に糸哉さんなのかと疑いを持ちました。ひどい悪夢を見ているのか、貴方を騙った誰かの仕業ではないかと考えました。
けれども、読めば読むほどこの手紙の差出人は貴方だとしか考えられないようになりました。端正な字も慇懃すぎる言い回しも綴られた二人の思い出も、全て私が知る東久世糸哉そのものだったからです。
だから、私はこの手紙を書いた貴方を糸哉さん本人と信じて、お返事をすることにしました。
長いこと臥せっていたお父様が急逝すると同時に貴方が姿を消してから今日までの間、私は生きた心地がしませんでした。この広い屋敷に一人きり、昼夜問わずに警察やマスコミの対応に追われながら、貴方の無事を願った私の気持ちが分かりますか。どうしてもっと早くに無事を知らせてくれないのですか。なぜ電話やメールなどの一切の通信手段を絶ってしまったのですか。
貴方がお父様を殺したということについて、私は信じておりません。警察やマスコミは指紋やアリバイについてさも貴方が殺人犯であるかのように語っておりますが、いつも優しかった貴方が人を殺すような真似なんてできるはずがありません。
(東久世聖 1通目)
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