「消毒させて頂きます。染みると思いますが、我慢して下さい」
「……っ!」
ビク、と主人の体が動いた。出来たばかりの生傷には荒いくらいに、消毒液を含ませた脱脂綿を押し当てた。化膿止めの薬を塗り付け、ガーゼを当てて包帯で腕を巻く。
「……理由を尋ねないのか」
キース様がボソリ、と呟いた。自分で自分を傷付ける理由を、今まで散々聞かれてきたのだろう。さっきまでは、こんなことをやめさせなければ、と思っていたのに、口から出たのは彼を甘やかすような言葉だった。
「聞きたいです。でも、キース様にはなにか悩みがおありなんだと思います。あなたは優しい方です。他人や物にあたらないから、こんなことをされる」
「買いかぶるな」
ハッ、と自嘲される。信じてもらえていないのだ。さらに近づき、怪我をしていないほうの左手を握った。座っていても、キース様のほうが背が高いから、見上げる格好になる。
「本当はずっとおそばについて、こんなことをされるのを止めたい。でも、それは監視と同じです。あなたが傷を作られるのは悲しいけれど、自由でいて欲しい。キース様が自分を壊すと、僕の胸も痛いことだけ覚えて下さい」
心配なんです、と付け加えて手を離すと、驚いたような顔をされた。そうだろう、新米の下男に説教をされたのだから。こんな生意気な口を利いたのだ、また新しい屋敷に移らないといけないかもしれない。
「出過ぎたことを申しました。フランさんが、医師を呼んでくれると思いますから……」
部屋を出て行こうとすると「カイ」と声が掛かった。
「ありがとう」
耳を疑って振り向くと、口を尖らせたキース様がいた。
(礼を言われた。……クビじゃないのか?)
【お試し読みここまで】