「何処にでも行ける? 本当に? 何処にでも行けたところで、何処にも行き着きやしないのに。住宅街の窓から明かりが零れても路地には届かない。息が切れる新條の肺を冷たい氷の棘が無数に突く。新條はまた振り返った。坂道の歪んだ暗闇を一層と歪めるように真冬の蜃気楼だけが揺れた。季節外れの蜃気楼は何処までも後を付けてきた。新條は唇を噛んだ。痛みに表情を歪めて新條は歩き出した。新條は正面の細長い影の輪郭線を睨みながら歩き続けた。肺に次々と氷の棘が刺さる。新條は息を止める。アイスクリーム、ユースクリーム、ウィッチダズスクリーム? アイスクリーム、ユースクリーム、ウィッチダズスクリーム?」
……『四万キロメートルで挨拶を』より抜粋
●第四短編集。全五編。関東に来て物した最初の短編集。
一番薄くて、一番平和で、一番何も起こりませんので、安心してください。
『青い月、黒猫、赤い髪』
『Come As You Are』
『紫陽花』
『徒歩三分』
『四万キロメートルで挨拶を』