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はるかなるトロワ

  • D-33 (小説|短編・掌編・ショートショート)→配置図(eventmesh)
  • はるかなるとろわ
  • 梓野みかん
  • 書籍|新書判
  • 120ページ
  • 450円
  • 2020/11/29(日)発行

  • \\\三題ばなし的なショートショート集です///

    タイトルの三つの言葉を作品中に使うことを試みた、ショートショート集です。
    以下、タイトルです。(掲載順)

    〇「半透明/神社/破裂音」
    〇「メルケルの斜方形/廊下/救急車」
    〇「将来/積極的/ブロードウェイ」
    〇「粗大ごみ/バーマノウ/全能の逆説」
    〇「地獄/軍隊アリ/バクロニム」
    〇「エンジン/ディスペンパック/フェルマーの最終定理」↓下に全文試し読みあります♪↓
    〇「七つの海/エネルギー/夜間営業」
    〇「期間限定/明るい/脂肪」
    〇「にらめっこ/テレビショッピング/ナイスボール」
    〇「三段論法/パンスペルミア説/ビール」
    〇「爆上がり/木工ボンド/ツーシーム」
    〇「グリフィスの傷/LINEの通知/証拠映像」
    〇「蒸す/レビュー/ダーウィンの海」
    〇「昨日/ブルースクリーン/いいえ、ケフィアです」
    〇「ツンデレ/レフェリー/自問自答」
    〇「映画/大根役者/ハシビロコウ」
    〇「手紙/電気信号/朝型」
     
    ↓↓試し読み「エンジン/ディスペンパック/フェルマーの最終定理」
     
     パキッ、と勢いにまかせて折ったせいだ。
     給食のコッペパンにつけるはずのジャムとマーガリンは、ひと筋のトルネードとなって、アオイの向かいに座るマキタのブラウスを強襲した。アオイが「悪い」と謝る前に、
    「ディスペンパック」
     と、マキタは言った。眉間にシワを寄せた、いつもの形相である。
    「なにそれ、呪文? 火炎系? 氷結系? それとも補助効果? オレ、細菌浸食系はカンベンね」
     ハッ、とマキタがため息を吐き捨てた。
    「この容器の正式名称」
     そう言って、マキタは自分の分のジャムとマーガリンのパックを指さした。
    「バカやった分、ちょっとは利口になれば、ってこと。まあプラマイゼロ、ってか全然マイナスだけど」
     おかんむり~、とふざけるアオイを無視して、マキタはさっさとティッシュでブラウスを拭いた。肩から袖のあたりにとびちった赤と白のベトベトを、丁寧にすくってぬぐう。そしてそのティッシュをトレイのすみに置いた。
    「オレ、それもらうわ。もったいないし」
     マキタがまたあの顔でニラミをきかせるより早く、アオイはティッシュを捕獲し、そこに乗っかったジャムを自分のコッペパンにつけた。アオイが「うまいうまい」と笑うと、マキタはさもイヤそうに口もとを曲げた。
    「キモ」
     まあね~、と応酬するアオイは、マキタのことが好きである。
     服を汚してしまったのは決してわざとではなかったが、口数の少ないマキタと言葉を交わすことができて、アオイの恋のエンジンは俄然はりきっている。
     黒くて重い前髪、長めのスカート、暗くておとなしいだけかと思いきや、トゲトゲしい物言いで陽キャたちと渡り合うマキタは、「ドク女」とひそかによばれていた。毒舌のドク、毒キノコのドク、そして読書のドクである。マキタは本を読んでいることが多い。というより、休み時間はほぼ一人で本を読んでいるから、独の字のドクでもある。だから、こんなモノの名前なんかを――ジャムとマーガリンの容器――知っているのだろう。
     こんな女子をなぜ好きになってしまったのか……それについてはアオイも恋の不可思議を感じざるをえない。笑う所に福来る、みたいなモンだとアオイは思っているが、その言葉の使い方が適切でないと知るには、アオイは勉強に興味がなさすぎた。
     きっかけはある数学の時間だった。
     この日、数学教師が熱弁をふるっていたのは「フェルマーの最終定理」についてであった。教師の好きなテーマのようで、彼は本来の授業内容から大きく逸脱し、その成り立ちや内容を一人で喋り倒して悦に入っていた。モチロン、アオイはそんなものに惹かれはしない。
     ひまつぶしのつもりで、アオイは隣の席に座るマキタに話しかけた。
    「結局、なんなの? 最終定理って」
     なかば大きなひとり言で自分に陶酔している教師には、私語を注意される心配もない。
     マキタは、横目で刺すような視線をアオイに投げてよこすと、開いていた教科書のコラムを指で示した。そこには「……x+y=zとなる自然数の組は存在しない」とあった。さっぱり分からない。おそらくイチから詳細に聞いても理解できないだろう。
     ならば、とアオイはマキタの教科書にシャーペンですばやく書きつけた。
     分からないものは、分かるフィールドに落とし込めばいい。
    「カレー+温泉たまご=めちゃうまい は存在する」
     どうよ、とアオイはマキタの顔をのぞきこんだ。
     その瞬間、風が吹いた。
     ――のは、アオイの幻である。教室の窓は固く閉まっていた。
     ふふ。
     初めて聞く、マキタの笑い声と笑顔が、一陣の風となってアオイの心の中をさらっていった。ほんの一瞬で、マキタはもとの仏頂面に戻ったけれど、アオイにとってそれは元のマキタの顔ではなかった。眉間のシワに、三白眼に、ひん曲がったへの字口に、あの笑顔が隠されているのだと考えると、やぶにらみの顔とてかわいく見えてくるから不思議である。
     これが恋か、と悟ったアオイの行動はすばやく、その後は他愛ない会話を積極的にもちかけた。以前は接点が無く、一日も口をきかないことが多かったけれど、努力のかいもあって、面と向かって罵ってくれる関係にまで進むことができた。
     もう一歩だ。
     コッペパンを口にしながら、アオイは教室に貼り出された時間割りに目をやる。
     次の授業は数学。
     x+y=zが存在しない理由は今もって分からないけれど、アオイには自分の作戦に自信があった。自分が持っている数学の教科書の、フェルマーの最終定理のページの隅に準備万端でこう書いた。
    「オレ+マキタ=両想い は成立する」
     これがオレの最終定理(テーリ、って何だ?)。
     説明ならできる。
     オレ、知ってるんだぜ。
     あのとき書いた「カレー+温泉たまご=めちゃうまい」を消さずに残してくれてること。
     へへ。
    「なに、その顔。クソキモ」
     コッペパンを親の仇のように引きちぎるマキタに、アオイはニタニタと笑いかえした。
     授業中にこっそり見せたら、お前。
     どんな顔してくれんのかな。
    「このパン、まじうめえ」
     アオイはそう言って、パンの残りを口に入れた。
     







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