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Nの湯探訪

  • D-33 (小説|短編・掌編・ショートショート)→配置図(eventmesh)
  • えぬのゆたんぼう
  • 梓野みかん
  • 書籍|その他
  • 66ページ
  • 500円
  • 2022/04/24(日)発行

  • 【新刊です】

    昨年2021年に開催された「ノベルバー」への参加作品を、加筆修正して製本しました。
    B5変形判です(タテ長)。

    N県にある、とある病院の病棟ロビーの本棚にずらりと並ぶ、その名も〈ご当地温泉殺人シリーズ〉。
    その読破をめざす霜月十一の入院ライフを描いています。

    ---------------------------------------
    ( ↓ 1~3章(3章は文字数の都合で途中までです。すみません)のお試し読みです ↓ )

    ~~~1
     殺人が多すぎる。
     いや、温泉が多いのだ。
     わたしはいま、地元N県N市にある病院の病棟ロビーにいる。ちょっとした足のケガで手術を受けることになり、今日からおよそ三週間の入院生活だ。ロビーには入院患者が自由に借りて読める本があって、絵本から実用書まで、さまざまな本が雑多に棚につめこまれている。そのなかでもひときわ幅をきかせているのが〈ご当地温泉殺人シリーズ〉というものだ。N県内にある温泉の名前が「殺人事件」という物騒なワードとともに、ずらりと並んでいる。
    「霜月さん」
     廊下のほうから、看護師がわたしを呼んだ。「あとで入院時の書類を事務がお持ちしますんで、お部屋に戻っていてくださいね。お好きな本、選んでからで構いませんから」
     にこやかにそう言って、きびきびとナースステーションへ向かう看護師の背中に、わたしがとりつくろう隙は微塵もなかった。来たばかりなのにもう暇つぶしのことしか頭にないのかオマエは、くらいに思われたかもしれない。わたしは少々の気恥ずかしさに頭を下げるしかなかった。これは何だろうかと手にとっていたハーレクイン・ロマンスを、わたしが読むものとは思わないでくれるよう、せめても祈るのみである。
     男女が熱い接吻をかわす艶めかしい表紙絵を棚に押しこみ、わたしは咳払いをして改めて本棚を眺めた。ほかにめぼしいもの……となると、どうやら〈ご当地温泉殺人シリーズ〉しかなさそうだった。
     シリーズ第一巻は『鍵温泉殺人事件~エメラルドの伝説とひみつの錠前』。
     とりあえずその本のみを持ち出して、わたしはそそくさと部屋へ戻った。

    ~~~2
     書類をもらい、医師と看護師の説明を受け終えたあとは、夕飯どきに弟が来るまで今日やることは何もない。
     入院着に着替えたわたしはベッドに足をのばし、借りてきた本をさっそく開いた。
     タイトルにある鍵温泉は、N県全体を上・中・下部にわけたうちの下部の山沿いに位置する温泉である。全国にも名を馳せる高級老舗旅館を有し、美肌に効果があるというエメラルドグリーンの湯が人気の温泉地だ。
     物語の主人公である探偵の男は、都会の塵を落とすためにこの温泉を訪れる。そこで偶然にも殺人事件に出くわし、自ら捜査にのりだす……というありふれた、しかし安定したストーリーだ。
     鍵温泉といえば昨今ではおしゃれな町づくりで女性人気に拍車をかけているのであるが、この本には「昔ながらのひなびた温泉街に情緒が漂い……」と描写されている。本のうしろに約二十年前の発行とあるから、そのあたりの齟齬はしかたがない。この第一巻を皮切りに、あの本棚の一角を占めるほどの巻数を重ねたのだから、人気の出たシリーズなのだろう。作者の名前は「坂口あんだんご」。出版元である新聞社の名前の下に、小さく印刷されていた。
     一度、検温があり、部屋のカーテンが開かれた。
     それはいままさに探偵によって犯人が名指しされ、トリックが説明されんとするタイミングであっただけに、わたしの気は急いた。犯行時、エメラルドグリーンの湯が透明であったのは何故なのか……愛の南京錠に隠されたトリックとは……そして饅頭屋の看板娘が殺意を抱いた理由とは……わたしの体温が平熱より高くなったのも、道理の内というものだ。
    「霜月さん、夕ご飯ですよ」
     再度カーテンが開き、夕飯のトレーが置かれ、間もなくして弟が現れた。
     足の具合、医師の説明、もらった書類のことをあれこれとわたしが説明するのを、弟は丸椅子に座って、うん、うん、と相づちをうちながら聞いていた。前のめりに腰かけ、ネクタイをゆるめて頭をかく所作が、わたしのイメージする本の中の探偵に似ている。
    「まあ大丈夫そうでよかった」
     そう言って弟は上着のポケットからガムを一粒出して口に入れた。仕事中にもそのようにしてよく食べているのだろう。
    「十一兄さん、いまのうちに何か要るものある? もっとテレビカード買ってこようか?」
     と言ってすでに立ち上がっている弟にわたしはひとつ、おつかいをお願いした。十分ほどして、〈ご当地温泉殺人シリーズ〉の第二巻である『屋上温泉殺人事件~豆占いはカレー味』とともに、お菓子をお茶でいっぱいに膨らんだ売店のレジ袋を提げた弟が戻ってきた。
    「兄さんがこんなの読むなんて意外だなあ」
     目を丸くした弟が置いていった心づくしのレジ袋の中には、『N県最新温泉ガイド』なる情報誌まで入っていた。営業マンである弟らしい、さりげない気遣いがやけにくすぐったく、身に染みた。

    ~~~3
     屋上温泉の地にはN県の一ノ宮として名高い神社がある。神社へは何度か参拝したことがあるものの、温泉に入った記憶がわたしにはない。この地の湯は各宿泊旅館へすべて配湯されているため、温泉につかるには泊まらなければならないという事情が、わたしを湯から遠ざけたのかもしれない。
     第二巻の犯人は日帰り温泉施設の建設推進メンバーの一人で、事件の被害者は、源泉の湯守をつとめていた男である。施設の設計図に描かれた屋上の位置に違和感をおぼえた探偵は、参道にある店先でおでんを食べながら推理し、ついにトリック解明の糸口を見出すのだ。
     わかる、とわたしは本に向かってうなずいた。
     あそこは店の軒先で食べるおでんがうまいのだ。甘酒もいい。夏にはラムネがバケツに入って冷えている。
     今までわたしがこの地の湯に目を向けなかったのは、何よりも参道グルメに心を奪われていたからでもあるのだろう。
     「了」と書かれたページを迎え、物語は終わった。
     その隣のページにはにぎやかな字で「温・泉・案・内」というタイトルが改めて打ってある。
     普通の小説なら作者のあとがきや作品解説が始まるところだが、〈ご当地温泉殺人シリーズ〉は、ここから十数ページにわたり、その巻の舞台となった温泉地の観光情報が列挙されるという仕様になっている。
     およそシリーズ名からして、その温泉地に行きたくなるように誘導する中身なのだろうことは予想していたし、おおむねその通りなのだが、ここまでダイレクトに旅行雑誌顔負けの温泉紹介ページがくっついているのには少し驚いた。第一巻の巻末で「ドキッ! 温泉まんじゅうだらけのグラビア大会」なるカラーピンナップに出くわしたときは、変な屁が音を出してしまったくらいだ。
     翌日、わたしは足の手術を受けた。
    「では、しばらく安静に。三日ほどは車椅子での移動になります。そのあと経過を見て松葉杖で歩行を始めていきますから」
     術後、そう言って医師と看護師は部屋を出て行ったようだ。
     全身麻酔がまだ抜けきっていないので、何もかもぼんやりしている。弟と、弟の奥さんがこちらをのぞきこんでいるらしいことが、かろうじて分かる。
    ――おーい、兄さん。
    ――目はちょっと開いてるわ。十一さん、おつかれさま~。ちょっとほら、アンタも声かけてやんなさい。
    ――……。
     フレームインしない位置に、どうやら弟の娘がいるようだ。つむじまがりの年頃で、大人の言うことすべてが陰謀だと思いこみ、見えない明日に向かって日々武装状態なのだと聞いている。
     スカジャンの袖が少し見えて、さっと消えた。弟がまあまあ、と奥さんをとりなし、退院時やその後しばらくの世話のことへと話を切り替えた。わたしもその会話に参加し、あまり迷惑はかけないようにするから……と言いたかったのだが、まだ口がうまく動かない。
     すると弟夫婦のやりとりのうしろから、ぼそっとつぶやくのが聞こえた。
    「……あ、カボチャニヤン」
     そのつぶやきには闇も影も感じない。
     さすがのカボチャニヤンだ。
     かぼちゃ温泉のマスコットキャラクターであるカボチャニヤンは、全国のキャラクターコンテストでも上位にくいこむ、N県屈指の愛されマスコットである。わたしは前もってロビーから〈ご当地温泉殺人シリーズ〉の数冊を持ち出して術後の不自由に備えておいたのだが、シリーズの第三巻こそ、探偵と背中合わせに立つカボチャニヤンが表紙を飾る『かぼちゃ温泉殺人事件~奇跡の蔓と黄金の罠』なのだ。






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