こちらのアイテムは2026/5/4(月)開催・文学フリマ東京42にて入手できます。
くわしくは文学フリマ東京42公式Webサイトをご覧ください。

転職活動が始まる

  • 南1-2ホール | R-21〜22 (小説|純文学)
  • てんしょくかつどうがはじまる
  • 小色光
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 110ページ
  • 500円
  • https://www.koirohikaru.com/e…



  • 装丁は謎の天才女書道家chisatoが担当。むしろ本文がおまけになるレベルの出来。買わなくてもいいので、気軽に字と製本と見に来てくださいね。しおりも渡せるし。

    笑顔は文學の落とし穴。皆さまのお越しをお待ちしています。


    価格はワンコイン五百円也

    これ以上はビタ一文負からん。

    何卒、宜しく御願い申し上げます。



    収録作品:

    ・転職活動が始まる

    作品ページ→ https://www.koirohikaru.com/entry/hajimaru 

    ・転職活動が停滞する

    作品ページ→ https://www.koirohikaru.com/entry/teitai



    (本文より)

    転職活動が始まる


    一 人生の敗北者


     四十四歳男性。いまだ肉体には精力が漲り、幾多の娑婆の荒波をくぐり抜けてきた精神は、いま成熟期を迎えようとしている。人生の最盛期! 仕事面においても、キャリアのピークにあるはずの時代――まさに男盛り! 人生の本番! 

     ところが私は週に二日しか働いていない。いったい何があったのか。首都圏内のとある研究所で翻訳の仕事をしているのだが、月収は十五万円ぽっきり。つまり、年収約百八十万円也。

     四十四歳男性。年収百八十万円。仮に平均的な日本人を百人集めて、参加者全員に「人生の敗北者」スタンプを配布したとしたなら、その百人中九十五人くらいが私に「人生の敗北者」の烙印を押すことだろう。全身隈無くべったべたに敗北者スタンプを捺された体は、まるでバックパッカー達が感謝のメッセージをやたらめったに残しまくった人気の安宿の壁みたいになっている。ひでえことしやがる。だが、平均的な日本人の百人中九十五人がたいしてものを考えない間抜け野郎だと知っている私の方では、その全身に捺されまくった敗北者の烙印をさして気にはとめない。

     さいわい、押された烙印は、連中の「敗北者判定」の根拠と同じくらい薄い水性インクだったので、お湯につけた熱々のタオルですこし擦ったらすぐに消えた。そのタオルを持ってきてくれたのは、安易に烙印を捺してこなかった百人中五人のうちの一人の片岡さんだ。彼女は寡黙で控え目ながら芯の強い女性で、我々六人組の中で紅一点のマネージャー的存在だ。私が四十四歳で年収百八十万円でわけのわからない文章を書いているからって、それだけの理由で敗北者スタンプを捺してきた百人中九十五人のゾンビ野郎どもは、片岡さんが私を甲斐甲斐しく介助する様子を指をくわえて見つめ、恨めしそうに、まるでファン感謝祭に集まった哀れな汁男優どものように立ち尽くしている。その連中に向かって、私は敗北者スタンプのインクを吸収して黒ずみ、地獄みたいにドロドロになった穢らしいタオルを投げつける。連中は、きゃあっ、と喚き声をあげてから、どっと後ずさりする。そうして九十五人の間抜け以外の五人と連れ立って、私は横須賀中央駅に隣接するサブウェイに向かう。天気がいいのでみんなでサンドウィッチを買って、安針塚の塚山公園までピクニックに行くことにしたのだ。


    二 学歴


     四十四歳男性。独身。離婚歴あり。別れた女房が育ててくれた息子との関係は極めて良好。小さい頃から変わらず、毎年夏には連れ立ってキャンプに行く。そんな彼も、もう二十二歳。昨年に養育費および学費補助を払い終え、いま彼は大学の卒業を控え、無事有名企業に内定済み。おめでとう。推定年収は約五百万円。一方、父親は週二日勤務。年収約百八十万円。転職を考えている。

     最終学歴は中卒。精確には高校中退で、一年生の夏休みに入ってから学校には戻っておらず、以降約三十年間、いっこうに夏休みが終わらない。スラムダンクのイヴェントで使われたことで有名になった、今はすでに廃校となった高校を中退した。当該高校は当時「横須賀三浦地区三大バカ高校」と呼ばれたクソ高校のうちの、その頂点というか最底辺を極めたクソ中のクソ高校で、そこには横須賀三浦中のヤンキーの餓鬼どもが集まり、長ラン、短ラン、ボンタン、ドカン(裾を絞らないワイドストレート・シルエットのボンタン)、茶髪、金髪、緑髪と、教室は北斗の拳かマッドマックスに出てくる雑魚どもみたいな餓鬼どもでひしめきあっていた。

     一応ことわっておくが、私は時々見かける「天才系の中卒者」ではない。「日本の教育に俺を収められる器がなかった」とかそういう感じではなく、単純に知力が足りず勉強ができなかったために、三浦半島の掃きだめみたいなヤンキー高校に追いやられた、「単なる阿呆系の中卒者」である。

     また、病院を受診しなかったので診断こそ受けなかったものの、自己診断上、私は重度の発達障害疑いおよび軽度の知的障害疑い患者であった。原付の試験に六回落ち、七回目にやっとこさ免許を取得するやいなや、念願のバイク(車種はホンダのゴリラ)の納車日に道から出てきた車と衝突。ドカン! 注意力障害疑い、および空間認知力障害疑いの自己診断を追加。その後も原付で三回事故、中型自動二輪免許取得後には、意気揚々と400㏄の単車(カワサキのZRXⅡ)を乗り回しては三回事故。知り合いのヤンキーの餓鬼が運転するバイクとの衝突や、学科の教科書に載ってるような典型的なサンキュー事故を含む。

     それから数年経って車を乗り始めれば、プチ対物事故を起こしてまわり、しまいには鎌倉の一家殺人事件廃虚の家に肝試しに乗り込むという、恥ずべき愚劣な乱行の帰り道、辱めを受けて復讐の怨念に燃え上がった悪霊に憑依され、野比海岸付近の緩やかなカーブでハンドルの操作を奪われてガードレールに思いっきり突っ込み、実家のセダンを大破。ボンネットはグッシャグシャのぺっちゃんこ。危機一髪、エアバッグのおかげで一命をとりとめはしたものの、後部座席に乗っていた年少の友人の頭部に出血を伴う怪我を負わせてしまう。さいわい大事に至らず、親御さんの赦しを受けて刑事罰を受けなかったものの、禊として頭を丸め、セルフ刑務所のつもりで長野県は野辺山高原に赴き、白菜農業を営む農家の家に住み込み、そこで七ヶ月間の農業アルバイトに従事する。八ケ岳を望む高原でひたすら農業に専心する日々。先輩の気狂い親父に死ぬほど苛められ、ひとりグスグス泣いて枕を濡らす日々を乗り越えながら、畑作りと種植え、収穫そしてマルチ(畑に貼るビニールシート)の撤収までの、短くも長い刑期を全うする。







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