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スティール・ライフ 虚構傀儡の女王

  • 南1-2ホール | A-27〜28 (小説|SF)
  • すてぃーる・らいふ きょこうくぐつのじょおう
  • 久納 一湖
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 272ページ
  • 1,000円
  • 2025/4/18(金)発行

  • 【伊野田 優人、製造日不明。目標は「人間」になること。】

    team hattari渾身の一作は、マーシャルアーツ大爆発!


    【story】

    オートマタと戦う仕事を引退した伊野田は、自身の特異体質を治す中和薬を得るために研究所で働いていた。危険と無縁の生活に充実感を覚え始めていたが、笠原拓の来訪をきっかけに再び戦いに巻き込まれる。

    ※流血・暴力描写あり


    【keyword】

    近未来/微レトロ/長編/新刊/完全書き下ろし/オートマタ/アンドロイド/チャラ男の相棒/童顔最年長メンズ/ポンコツ主人公/元気つよつよ女子/強面おじ様/剛腕ファザコン/かっこよくて繊細でよわくて強い/ドライな人間関係/痛いの嫌い


    【2章 抜粋】

     メトロシティの研究所には少し風変わりな男がいた。

     胸の奥に生まれた普通の普通らしいありふれた充実感を日々噛みしめ、帰路に就くまでの過程や明日を平和に迎えられる日常を、彼は幸せだと思った。こういった気持ちはどこから芽生えるのか。実際には胸部周辺の毛細血管に血液が多く巡っているだけに過ぎないが、男はその反応ですら喜ばしく思っていた。

     新しい環境や業務というのは、心地よい緊張感を与えてくれる。緊張感は意識に作用し、集中力を高めてくれる。目の前のデータに集中していれば、例え先輩所員から「ポンコツ野郎」呼ばれたところで気にはならない。内勤は初めてであるためポンコツであることは正しいとも言える。それに約三十年ほど生きてきた中で、特定の関係者からは人間扱いすらされてこなかった彼にとってはポンコツ野郎と呼ばれることなど気にもならなかった。野郎、という単語が付くことで、むしろきちんと人間扱いされていると喜びそうになったくらいだ。

    「伊野田さん、お疲れ様でしたー!」と元気な同僚に声をかけられる。伊野田も朗らかに手を挙げて挨拶した。なんて素晴らしい日常だ。

     駅に向かう。街は今日も滞りなく動いている。人やモノの動きが連鎖し、大きなうねりを造り出し続けるこの街は、煌びやかさと無骨さが混ぜこまれた産業都市メトロシティだ。エリア内で最も機械産業と通信速度に優れた都市で、その象徴ともいえるものが前から歩いてくる。オートマタだ。見たところ笠原工業製で、街でいちばんメジャーな人型モデルだ。一見すると人間と全く変わらないが、違ったところがあるとすれば、頭上に天使の輪と呼ばれる円環が回っていることだ。正規品の証である。円環には機体のデータや状態が投影されており、彼女の場合はオーナー企業名と型式番号が表示されていた。加えてオートマタは瞬きひとつしない。人間らしい動作をプログラムされている中で、差分をつけるために制限された動作が瞼の開閉運動だ。だから彼らは、ずっと目を開けたまま起動している。すれ違いざまにこちらを見た気がした。笑いかけると相手も微笑んでくる。プログラムが作動し、顔面の表情筋パーツが動いただけに過ぎないが、悪い気はしなかった。街は当たり前のように彼らと共存している。

     大通りに出ると、サイレンを鳴らしながら車が数台走り抜けて行く。あれは事務局の車だ。どこかで違法オートマタが事件を起こしているに違いない。違法オートマタは名の通り円環もなく業者も不明な粗悪品だ。それを監視する機関の一つが事務局である。彼は「まかせたぞ」と思いながら心の中で手を振り車を見送った。もう違法機体の対応に関して強面な監視者から緊急呼び出しをされることもないし、危険な現場に向かうこともない。「おまえ今まで頑張ったよな」と思いながら彼は義手の右腕を撫でた。

     今週も真面目に新人らしく業務をこなした。自分にとって必要なデータが取得できなかったのは残念だが、地道にこなしていくしかない。地道な作業を続けるというのは、いかにも人間らしいではないか。その気持ちを補完するべく、帰ってビールを開け、新しいパズルを組みたい。そしてまた来週に備えるのだ。

     しかしそんな気持ちが約三十分後に台無しになるなど、誰が予測できただろうか。彼はまだ、それを知らない。

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