「人間は自然には勝てねんだよ」
電話越しの相手はどこか諦めたような口調で言った。
三年に一度開催される事務所主催のイベントが、三日後に開かれる予定だったが、接近している大型台風のせいで、急遽中止となったのだ。
事務所の社長から直接聞かされたのはお昼頃の事だ。そこからSNSやらブログに、イベント中止のお知らせをしてマネージャーとスケジュールの調整をしたりと日中は忙しかった。
夜になりテレビの天気予報を確認していると、電話がかかってきた。
西風のリーダーであり事務所の先輩の源田俊さんからである。
挨拶をして取り留めのない雑談から、イベント中止の話題になった。イベント事の好きな俊さんは、自然には勝てないと呟いて押し黙る。
このイベントでは毎回リーダーシップを発揮し、来てくれる皆を楽しませようと色々考えてくれているので、今回の中止は相当こたえたようだった。
「いや、分かってるんだ。台風に文句言っても仕方ないってことぐらい。……でも残念だよな」
「トナカイ先輩は雨男だから、アンタのせいやってパイセンしばいたらえぇんやないですか」
「台風通り越して竜巻になるだろ、それ」
オレのジョークに俊さんは呆れたように応える。
「まぁ、しばくのは半分冗談やけど、なんかネット配信とかできませんかね。コメント動画っつーか、やるはずやった歌とか朗読劇を配信したらファンは喜ぶ思うんです」
「そうだな」
「イベント中止は台風のせいっすよ。せやから、俊さんが気にすることないんやないですか」
俊さんは見た目の柄の悪さとは裏腹に繊細な人だ。それは事務所人間だけでなく、ファンも知っている。イベント中止の報告の際、彼のSNSにはたくさんの励ましのメッセージが送られている。
「なんかやりましょうよ。オレ、靖と馴鹿姉弟に声かけますよ。さとにぃとピロシさんオレめっちゃ怖くて無理なんで、俊さんから伝えてくれますか?」
「ラスティは色々、考えてくれてるだな」
「オレもイベントめっちゃ楽しみにしてたからね。みんな同じ気持ちや思うよ」
「……そうだな」
電話の向こうで俊さんが笑う。
実は俊さんから電話があるまでに、西風の他のみんなから連絡があったのだ。イベントが無くなって凹んだ俊さんを励ましてやってほしいと。
メンバーが励ますよりそれ以外の人間が励ましたほうが、落ち着いて胸の内を話せると彼らは考えていたのだ。
「俊さんはどうしたいですか」
素直にそう質問をすると、俊さんはそうだなぁと呟く。
「出来るなら開催したい」
「うん」
「別日に振替でもいいからやりたいと思う。でも、難しいだろうな。この業界はままならない事ばかりだから」
西風という劇団のリーダーだから、脚本も演出も手掛きたから、ひとつの企画のスケジュールを根本から変えることが如何に難しいか。会場のこと、チケットのこと、出演者のスケジュールのこと。関係各所に連絡をいれて、一から練り直さなければならないことの大変さは、彼が一番よく理解している。
「……全ては社長の判断に任せるしかないな」
たっぷり悩んで彼なりの決断を出す。繕った言葉ではなく、本心だろう。
それ以上追求はせず、オレはそうやねと同意した。
「その時はオレをめっちゃ目立たせてくださいよ~。なにせオレは今一番売れてるミュージカル俳優やからねっ。スケジュール合うかなぁ~?」
「馬鹿野郎、テメェが合わせないでどうするんだ色男。俺らのバッグダンサー頑張れよ」
「ええの? 逆にオレが目立ってまうで~」
「全身黒タイツなら目立たねぇよ」
軽口に応えてくれる余裕が出てきたならもう大丈夫だろう。
電話越しにも俊さんが笑っているのが感じ取れた。
「ああ……悪いラスティ。ちょっと家族に呼ばれたから失礼するよ」
「もちろん。そっち優先してください」
「ありがとうな。それじゃ、また集合日に」
「はぁい、ではまた」
電話が切れると、オレはすぐに馴鹿姉弟と靖に連絡を入れる。ファンへのメッセージ動画の件だ。並行して社長にも同じ内容のメッセージを送った。
多分、オレが出来るのはこれぐらいだ。あとは、俊さんが上手くやってくれる。
頼りになるHONORのリーダーに任せておけば、案外何とかなるものだ。
だからきっと、この台風が過ぎた頃には、彼の思うようになっていることだろう。
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