冬 冬真眞琴と須崎ちふゆの場合
「あ、近付くと危ないですよ」
興味深そうに覗き込もうとする彼女に声をかけた。
身体を離した瞬間、プシュっと熱水が噴き出る。
「もうすぐですから」
網の上に並んだそれを、トングで突きながらそっと中を確認する。外の寒さを忘れるほど火の周りは暖かい。ざわめきや匂いが心地よく包んでくれる空間が心地よかった。
「白くなったら食べどきです。あ、これ、もういけると思います。よかったら、最初だけ開けましょうか?」
私がそう言うと彼女は顔をほころばせた。
「さすが慣れてらっしゃいますね。お言葉に甘えます」
軍手をはめた手で押さえながら隙間にナイフを差し込む。その様子を興味深そうにじっと見られる。私ももう随分ご無沙汰している作業なので少し緊張する。ぐっと力を入れてこじ開け、彼女の前のお皿に置く。気を遣って私を待ってくれているので急いで自分の分も用意する。
「では、いただきましょうか」
私たちは熱々のそれを口に運んだ。熱々の汁と共に、舌触りの良い表面が口に中に流れてくる。弾力のある身を噛み締めると独特の甘味と苦味が広がった。
「んんんんー」
その美味しさに言葉にならない思いが込み上げる。飲み込んでいくのを追いかけるように手元の日本酒で喉を潤す。
「っふぁあああーー」
幸せしか詰まっていないため息を吐き出して、私たちは顔を見合わせて笑った。
「たまらないですね」
「最高ですね」
被った言葉は違えども思いは一緒だった。
この美味しさは、これまでの私たちとの訣別の証なのだ。
その日、私たちは牡蠣を食べた。
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