たとえば自分に子どもがいたら、もっと患児の親の気持ちを汲めるのだろうか。山田隼人はいつもの繰り言を思い浮かべながら、数時間前に生まれたばかりの赤子を閉鎖式保育器のアクリル越しから見つめていた。
人差し指ほどの小さな顔の輪郭に沿い、細い透明チューブが耳の後ろへ伸びている。胸部に貼付された二枚のモニターパッドには猫のイラストが描かれ、高度医療を提供される中でもいじらしい愛らしさをとどめていた。人工呼吸器の規則正しい送気によって、横隔膜は押し下げられて胸郭と肺が膨張する。送気が止まると、肺組織の弾性収縮力によって横隔膜が元に戻り、胸郭と肺から呼気が排出される。機械が代替する安定した呼吸のサイクルだった。
NICU(新生児集中治療室)の高い温湿度に袖をまくる。空調の低い唸りと無数の機械による生命維持の電子音。蛍光灯の白い光がフードカバーに反射し、水面のように照り返していた。
「初フライトの様子はいかがですか」
小児科部長に脇腹を小突かれた。親しみのある声だった。
「うーん……、胎内から離脱するミッションは……がんばってくれてよかったです」
照れてはにかむ。初めて保育器を見た時に「宇宙船みたいですね」と率直な感想を述べたのを覚えられているようだ。
「この子、気が早くて七週間もフライングしちゃったんです」と小児科部長が笑う。
「せっかちさんですね」
患児の皮膚は透けるように薄く、青い血管の筋が浮き出していた。未熟な腎臓では処理しきれない水分が小さな体を腫れ上がらせている。それでも時折ぴくりと動く眼球や微かに握られた拳に、健気さがにじんで見えた。
(みんなが幸せになれればいいのに)
指先で保育器の表面を撫でる。小さな胸に自分の鼓動を重ね合わせることができたなら、この子をもっと知ることができるのではないか。医療に直接的に関与しないソーシャルワーカーの戯言として笑われるかもしれないが、福祉の矜持をたぐる寄る辺とも思われた。
近江ベビー、女児、1305グラム、生後0日。
母親は近江早紀、二十五歳。腹痛を主訴として未明に救急要請。妊娠を告げず、急性腹症疑いで搬送も初療室で子宮口全開、分娩第二期にて児頭が見えている状態が発覚した。妊娠約三十三週の未受診妊婦による、いわゆる飛び込み出産だった。この小さな命にはまだ名前が贈られておらず、便宜上は出産女性の名字にベビーをつけて呼んでいる。
(早く名前をもらえたらいいね)