「どうか、ソーシャルワーカーとして在れますように」
祈りは患者のためか、自身のためか。
医療ソーシャルワーカーの芦谷悠太は「追い出し屋」と揶揄されながら、患者とその家族の希望に寄り添う。
その夜、ふたりの男に「もって数日」と余命が言い渡された。
1人は勤務先の患者、1人は自身の父親。
在宅での看取りを望む末期がん患者、医療費の支払いに困窮する独居患者。様々なケースに向き合う中で、自身もまた、アルコール依存症の父親の死に直面していた。
ゆるしたくて、ゆるせなくて、それでも誰かの傍らに在ろうとする。
医療現場の第一線で働くソーシャルワーカーの職業矜持と、ゆるしとは何かを探る静謐な祈りの物語。
もって数日、というのが医師の見立てだった。
処置室の中央配管から高濃度酸素の供給を受け、寝台に横たわる患者の肺は規則的な肺胞換気が保たれている。意識があればさぞ苦しいだろう。彼にとって脱水による意識消失は僥倖ではないかと、芦谷悠太は推察する。病棟処置室は清潔で白く、加湿されているのに乾いていた。隣接したナースステーションでは夜勤スタッフへの申し送りが始まり、個人情報が筒抜けだ。点滴のミキシングのために何度も看護師が出入りして、慌ただしさが聴覚と視覚に突き刺さる。だが患者に寄り添う家族のすすり泣きが雑音をかき消し、その寝台の周辺だけがどろりとした湿り気に淀んでいた。
患者は湯川誠二。六十三歳、男性。肺腫瘍の診断を受け、治療目的の入院前日に自宅で容態急変。治療元の浪速医療センターへ緊急搬送された。電解質補正がなされたが、一日経過しても意識は戻らず。病棟看護師長が悠太を院内用PHSで呼び出したのは、担当医師から彼の家族へ臨床予測生命予後が伝えられたすぐ後だ。今後の療養に向けた話が進まず助けてほしいとの内容だった。自宅に帰るのであればと退院支援看護師の井川遼子も連れだって、病棟を訪ねた。
(どうか、ソーシャルワ―カーとして在れますように)
いつもの繰り言を胸に浮かべる。それだけを守ろうと思った。どんなことがあろうと、自らの職業矜持を全うするのだ。
「ソーシャルワーカーの芦谷と、退院支援看護師の井川です、よろしくお願いします」
専門援助の開始を意識し、敬意を持った自己紹介に努める。湯川誠二を囲む、妻と長女夫婦が頭を下げた。彼らの目に値踏みされたと感じたのは思い過ごしだろうか。担当医師の天野と病棟看護師長が少し距離を取って着座している。緊張で固い表情をしていた。
「お話の途中ですが、私が呼びました。多くの意見があった方がよいと思いまして」病棟看護師長の紹介を受け、悠太は頭を下げた。
「芦谷です、病院の相談室の者です。よろしくお願いします」
悠太は湯川誠二にも声をかけた。患者から反応はないが、そうしてほしいという家族は多い。医療不信や信頼関係がない状況下には効果的な対応だが、たとえ反応のない患者であっても、敬意を持って関わる点では必須と思われた。湯川誠二のための話し合いなのだ。