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廃船航路

  • F-20 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • はいせんこうろ
  • 六神
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 196ページ
  • 500円
  • https://mutsugami123zero.boot…
  • 2018/3/25(日)発行
  • 廃船航路



     計都は顔を上げて振り返る。
     通路の奥は非常灯が青白い光をにじませているだけで、手元のライトを離せば一メートル先も満足に見えないありさまだった。
     だが、その闇に沈んだ奥から声がする。泡が弾けるような声で笑っている。声と一緒に軽い足音が届いてくる。まだ幼い声だ。耳を澄ますと、それに気づいたのか声と足音は遠ざかって聞こえなくなった。
     ああ、まただ。
     持っていたライトで声のした方を照らしてみるが、光量不足で届かない。だがスポットライト並に強烈な光を浴びせても、声の正体は知れないだろう。これまで何度か声の軌跡を追いかけたが、一度として光の輪の中に姿をとらえることはできなかった。これからもできる気はしない。
     何せ相手は幽霊。姿も見えなければ、本来ならば声も届かない相手。
     そんな奇妙極まりない存在が、この航宙船ロビン・グッドフェロー号には存在している。


    「新人!」
     雑に呼ばれ、計都は工具箱を指定の棚に置いて振り返る。散髪するタイミングを逃して微妙な長さになってしまい、頭の後ろでまとめている髪がふわりと揺れた。
     航宙船ロビン・グッドフェロー号は人工重力発生装置を備えているが、エネルギー節約のために平常時でも地球基準の約七割、〇・七Gに設定されている。日常生活には問題のない設定値なのだが、慣性はそのままなので髪や衣服の揺らめきがまるで水底にいるような緩慢さになる。
     だがその〇・三Gの差が足に障害を持った男には都合がいいようだ。計都に声をかけてきた初老の男性は、杖をついてゆらゆらと揺れながらこちらへ向かってくる。こつこつと杖の先が床を叩くがその間は少しばかり空いていた。
    「機関長」
     計都は男のもどかしい動作にも特に動じない。以前の事故で足を悪くしていると聞き及んでいたので相手の到着を待たずに自分から小走りに近づく。その動作も、走るというより飛び跳ねるような動きだった。
    「終わったか」
     とはいえ、こちらが気を使っても、相手の妙に鋭い眼光はゆるまないのだが。
    「あ、はい。B8系統の第七六番管の調整はすみました、あとは……」
     機関長は手を振って計都の話をさえぎる。
    「残りは明日にまわせ。それより……出たのか」
     一瞬、何を言われたのかわからなかったが、計都はうなずきを返す。
    「出ました、幽霊」
     そうか、と機関長は白いひげの生えたあごをさすると天井を見上げた。壁や天井には太いケーブルやパイプが何本も走り、見ているだけでめまいがしそうだ。効率よりも、ただ目の前の作業を優先させた結果にできた、不自然な空間。かなりごちゃついている船内の構造は何度も改修工事が繰り返された結果だ。
     顔を戻すと機関長は言葉を続ける。
    「おまえさん、初仕事が最終運航の船とはついてねえな」
     話が変わったなと思いつつ、計都は相手に合わせる。
    「そうですね。俺、この船を降りたらいきなり無職ですよ」
     せっかく星間航路を走る輸送船のメンテナンスとしてもぐりこみ、念願の宇宙の旅に出た計都だったが、初めての船は定期輸送船。決まった航路をただ往復するのみ。
     しかも記念すべき初乗りとなるこのロビン・グッドフェロー号は今回の航路を最後に廃船が決まっている。貨物輸送というより、船自体を解体するために作業用のドッグがあるコロニー群へ向かっているだけ。日程は、一ヶ月半から二ヶ月を予定している。
     自ら墓穴に飛びこみに行くような道程を進んでいる船の中にいると少しばかり気が重くなり、計都は隠れて息を吐く。
    「ついてない……」
     いちおう、下船先で次の仕事の紹介はあるそうだが、それを受けるか自費で出発地点兼出生地でもある火星まで戻るかは個人の判断に任されている。
     要するに、使い捨てだ。
     これでは何のために何十時間も講習を受けて免許を取得したのかわからないと計都はなげくがその肩を機関長が叩く。
    「そう気を落とすな。首を切られるのはみな一緒だ」
     彼らの横を、機関長と同年代の男たち数人がすりぬけて行った。今回の航路はベテランぞろいと言えば聞こえはいいが、単に就業期間だけはやたらと長い、もうリタイア寸前の人員がほとんど。若い世代は計都のように初心者マークが外れて間がない新人ばかり。
     新人とベテラン。コンビを組ますにはうってつけだが、この構造の意味するところはひとつ、この船には働き盛りの中間層がいないのだ。それなりに経験を積んでいた者たちは、船が廃船と聞くや否や方々に散って面接を受け、新たな就職先をつかんで去って行った。
     そうして加速度的に船員の平均年齢が上がってしまった船は人員不足となり、このままでは最終運航便が出ないところまで追いつめられてしまった。それを解消するため、経験不問で若い世代を緊急募集したのだ。
     おかげで航宙船の就業経験がない計都でもやすやす船に乗ることができたが、老人とその孫世代しかいない船内では毎日どころか一時間ごとに何かトラブルが起こっている。このままでは今回で引退することを決めて乗りこんだベテランが過労で倒れてしまう。その前に右左どころか上下もわからない新人が少しでも使えるようになるかどうかは望み薄だ。
     募集要項にあった、仮免が取れたばかりの新人でもベテランが丁寧に教えますという文句は間違いではなかったが、書かれていない部分にこそ真実がつまっていたなと計都は隠れて嘆息する。
    『あなたは合格です』
     計都は自分を面接した人工知能が笑顔のグラフィックでそう告げた直後、比喩なく飛びあがった。だがしかし、次にその笑顔のままに人工知能の彼女が「この船は今回が最終運航となりますがそれでもよろしいでしょうか」と言って天国から地獄に叩き落としたことを一生忘れないだろうと嫌な思い出リストに刻みこんでいた。
     天国と地獄を同時に味わった計都だったが、黙考数秒でこの仕事を受けた。たとえ一度の航海でも片道切符でも、経験者という肩書だけは船に乗らなければ手に入らないのだ。
     機関長も同じことを言って励ましてくれる。
    「おまえさんにはまだ先がある。少なくとも、航宙船に乗ったっていう実績は残るんだ、次の仕事もすぐに見つかるさ」
     そうかな、だったらいいなあと計都は肩を落とす。
    「実績になりますかね。この船、今回は人員の輸送なし、貨物だけだし」
     一般というか、世間的なイメージの宇宙の旅というと、新しい惑星や資源を探す船が一番輝かしく、次に人を運ぶ船や観光船、大きく差をつけて貨物船となる。そして貨物船の中でも安全が確立された航路を往復するだけの定期輸送船は、評価のランクとしては下位どころか存在からしてなかったことにされている。完全に裏方的な扱いだ。
     さらに付け加えると、計都の初乗船となる記念すべき航宙船ロビン・グッドフェロー号は今回でお役御免となるうえに片道しか運航しない。
     正規の仕事の半分しかこなしていない事実を略歴に何と書けばいいのか。
     悩みあぐねて頭を抱え、行ったこともない地球よりも若干軽い重力内で計都はもがく。
    「貨物だって重要な資源だ。供給の循環が途切れると、絶対にどこかで行きづまってそこから崩壊していくんだ」
    「それはわかりますが……」
    「なあに、この船はもっているんだ。そう心配するな」
     ああ、と計都は顔を上げる。この船に乗ってはじめに聞かされた話だ。
     面白い話を教えてやるよ、と悪戯でも思いついたような笑みを浮かべながら機関長は語りだす。
     この船には、乗船名簿にない人物が乗っている。
     見た目は少女。だがその姿を見ても通報も捕獲もしてはならない。
     なぜなら、彼女はこの船の女神だから。
     最初は老人の与太話と相手にしていなかったが、その日のうちに計都は考えを改める羽目になる。
     いたのだ、幽霊が。

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