休日は、本当に久しぶりだった。
何連勤したのだろう?
誰もいない小展示室の中で、長くうねる髪をかきあげ、私は思わずため息をついた。
(どうして、こんなことになってしまったんだろう……)
自分が入社したばかりのときは、こんな酷い状況ではなかったはずだ。だが、一年前に新しい社長が就任してから、すべてが変わってしまった。
はぁ、と、もう一度ため息をつき、適度に弾力のあるクッションを使っている展示室内の椅子に、腰を下ろす。それから辺りを見回すと、私の目に、古い本の一葉が収まっているガラスケースの数々が入ってくる。その本は中世に書かれた写本——つまり印刷技術が発達する以前は、本を手書きで写し取り、生産していたわけで、それを写本と呼んでいるのだが——で、そのうちの特に美しく彩色されたものを「装飾写本」と呼んでいる。
この小展示室は、そういった中世の装飾写本ばかりを展示する部屋で、普段から観覧者もまばら、今日に至っては私しかいない。
私は、休日にこの小展示室を訪れるのが好きだった。
北ドイツのとある地方都市が、今の私の居住地だ。勤務する会社があるから、生地からここに引っ越してきた。港があり貿易業が盛んなこの街は常に活気があって、そのうえ歴史のある街なので、中心から外れたところに旧市街地が存在する。そこには、中世の木組みの家が残っていて、観光客が楽しそうに歩いているのをよく見かけた。その旧市街地の中に、この美術館は建っている。
街の中で最も大きい美術館の中のこの部屋は、メインの展示室のような華やかさはない。そのかわりに人々の喧騒もなく、仕事で疲れた体を癒してくれる静謐さがあった。
写本に囲まれていると、なぜか心が落ち着く。なぜなのかは、うまく説明できないけれど。
傍に置かれている図録を取り上げてめくったとき、入り口の扉が開いて、新しい観覧者が入ってきた。
珍しいな、と思い、顔を上げる。入ってきたのは、若い男性だった。入るなり彼は、革の鞄からメモ用紙と鉛筆を取り出すと、ガラスケースを覗き込み、真剣な、というよりは、どことなく厳しい顔つきで、メモを取り始めた。
研究者かなにかだろうか、と思ったが、大人びた顔つきの割に、シャツとデニムという格好だったので、おそらく学生なのだろう。きちんとアイロンのかけられたシャツはパリッとしていて、背筋のスッと伸びている彼によく似合っていた。
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