どんなにつらかろうと、苦しかろうと、私は生きなければならない。
それが、彼を死なせた私の償いだから。
ダンジョンRPG「ウィザードリィ1」を舞台にした長編小説です。
メインのキャラクターはほぼオリジナルです。
Webサイトにて連載していた小説の冊子版になります。
大筋に変更はありませんが、大幅な加筆・修正があります。
Webサイトではすでに完結しておりますので、続きはサイトで読めます。
※※※ 全体を通じて暴力表現・年齢制限するほどではありませんが性的な表現があります。 ※※※
親に虐待されて育ち、夫からはDVを受け、上司である国王からはセクハラ・パワハラを受けた挙句、迷宮送りになった主人公の女将軍が、仲間たち(主にあとから仲間になった敵国の若い侍)と迷宮探索を行いながら謎を解明し成長していく物語です。
ゲームを知らない方でも、創作ファンタジーとして読めるように、呪文や背景の描写は詳細に書くよう努めています。
挿絵と四コマ漫画掲載。
ウィザードリィをご存じない方からも、「普通に西洋中世風の創作ものとして読める」とコメントいただいております!
【1巻のあらすじ】
Webサイト版の3章まで収録。
とある巨大な大陸の西に位置する国「ヘミスフェーレン」。
この国は、現在、「狂王」と呼ばれるトレボーの治世下にあった。
ヘミスフェーレンの女将軍アデレードは、トレボーの不興を買い、地下迷宮送りにされ、ワードナという魔術師が奪った「魔よけ」の奪還を命じられる。
失った恋人の代わりにパーティに参加した若い侍を連れ、アデレードは地下四階の「モンスター配備センター」に挑むが……。
【試し読み】
第一章 再出発
わぁぁっ!!
城門のほうから歓声があがった。
ちょうど、中心街の大通りを歩いていたアデレードの耳にも、それは届いた。
彼女はそちらに向かおうとして、踵を返した。それから、あたりを見回した。
人々は、何事もなかったように通りを歩き、商店の者たちは声を張り上げて客の呼び込みをし、それに対して客は幾らかでも安くものを手に入れようとして躍起になって値切っている。どこにでもある、普段どおりの光景だった。
アデレードには、それがやけに気味悪かった。
人々は、城門の騒ぎに無関心だ。
まるで、それが、日常に組み込まれてしまっているかのように……。
彼女はそれを振り切るようにして、足早に城門に向かった。
城門では、彼女の想像どおりの光景が繰り広げられていた。
「確かに、これは、トレボー王の『魔よけ』だな」
衛兵が、慣れきった様子で手にしているものを見定めている。その前には、ぼろぼろな姿の四人の男女が目を輝かせてそれを覗き込んでいた。
「よし、では、これはトレボー王にお返しする。おまえたち、明日の朝一番で城に来い。謁見させてやろう」
「そ、それじゃ、あたしたち、親衛隊になれるんだね?」
ところどころ焦げあとが目立つ鎧を着込んだ女が首を伸ばして言った。衛兵は、面倒臭そうに一言、「まぁな」とだけ答えた。
「やった!死ぬ思いをしてワードナを倒したかいがあったよ!二人ロストしたけど、天国のあいつらだって、きっとオレたちの成功を喜んでくれるさ、なぁ?」
「当たり前じゃないの!これからはあたしたち、何不自由なく暮らせるんだよ?今日はパーと祝おうじゃないの!あいつらの分まで!」
「わかったわかった。ほら、さっさと街に入れ。後ろがつかえているだろ?」
衛兵は、手を振って彼らを促した。しっし、と、まるで犬でも追い払うような仕種だった。
(……なんだ、それは……)
一部始終を目撃していたアデレードは、この現実に、何度も首を振った。
この国の一大事の一端だというのに。『魔よけ』の帰還が、この国の行く末を左右するかもしれないのに。
それなのに、『魔よけ』が戻ってくることは日常の一コマでしかなく、そして、『魔よけ』は単なる「もの」でしかない。
更に、奇妙なことに……、この光景は、以前から、何回も、何回も、この場所で繰り広げられていたのだった。
とある広大な大陸の西に、その国は存在していた。
建国は、つい最近。ここ四十年くらいだろうか。
この国は、もとは『ヘミスフェーレン』と呼ばれる国の一領邦だった。ヘミスフェーレンは、大小百からなる領邦、つまり、領主が支配する国の集合体で、国王の権限は弱く、有力な十の領邦主が『選定侯』となって国内の貴族と高位聖職者の中から国王を選出していた。
その均衡が、四十年前に、突如として崩れ去った。
ヘミスフェーレンの北に位置する小さな領邦に、彼は、いた。
現在では、『狂王』と呼ばれている、トレボー王。
彼が、何の前触れもなく、周辺の領邦国家に侵攻してきたのだ。領邦君主たちは、トレボーの圧倒的な軍事力の前に、なすすべもなく、破れ去った。そして、彼は、一年足らずの間に、ヘミスフェーレン全域を支配下においた。
次に、トレボー王が目指したのは、この広大な大陸を自らの手で掌握することだった。彼は、彼自身「最強」と自負する軍隊を率い、次々と周辺諸国を攻め滅ぼした。当時の諸国家の王族は次々に殺され、トレボーにとって不利益をもたらす恐れのある人間も同様の運命をたどった。征服された国には、トレボーの軍隊が駐屯し、反逆者がいないか常に目を光らせていた。だが、トレボーに追従する者たちには特権が与えられたので、皆、こぞって彼に忠誠を誓った。
ヘミスフェーレンの西に隣接する王国リルガミンにも、トレボーの手は及んだ。だが、リルガミンは魔法大国であり、しかも、その首都であるリルガミン市は常に何者かの力によって守られる難攻不落の都市だった。「リルガミンを攻めることは、自らの首を絞めることだ」とよく言われていたが、それでもトレボーはこの国から某かの権益を奪い取ろうと試みた。だから、ここ何年かは、かの国と国境を巡って小競合いが起こっていた。
やがて、ヘミスフェーレンという名に代わり、『トレボー王国』という呼称が使われるようになった。トレボーの貪欲な大帝国は、周辺国家に認知され、恐れられた。
しかし、トレボーの飽くことのない支配欲に歯止めをかける者が現れた。
「大魔導師」と巷で噂されていた、ワードナという者だった。ワードナの噂は、トレボーの支配が始まった頃から、ちらちらと流れ出していた。この魔導師の力を借り、トレボーは一大帝国を築いたのだ、とか、はたまた実はトレボーとは正反対に位置する聖者で、彼の支配を苦々しく思っているとか、その噂は多種多様であり矛盾もしていた。
にもかかわらず、ワードナを実際に目撃したことがある者は、まったくといっていいほど存在していないのである。ごくわずかな情報をつなぎ合わせると、ワードナは、齢六十歳はとうに越えていて、自慢の白い髭を床に付くぐらいまで長く垂らしている、ということだった。
そのワードナが、ちょうど今から一年程前、この城塞都市のすぐそばに、迷宮を建造したのだ。迷宮は、彼の秘術をもってしたためか、わずか一晩で完成していた。
当然、トレボーは黙っていなかった。彼御自慢の親衛隊をすぐに迷宮に派遣したのだ。これで、ワードナは討ち取られ、その首が王のもとに届けられるはずだった。
しかし。
「親衛隊は、全滅。迷宮の中にはすでに怪物が召喚されており、それが原因と思われる」
トレボーは、茫然とした面持ちでその報告書を眺めていたという。
その矢先だった。
ワードナは、トレボーの寝室から、『魔よけ』を盗み出したのだ。
この、『魔よけ』こそが、トレボーを一大帝国の君主たらしめた代物だった。
これが、どのような力を秘めているのか、知る者はいない。が、『魔よけ』こそが、トレボーの力であったことは、誰もが知っていた事実だった。それを、ワードナは、いとも簡単に奪い取ったのである。