【試し読み】
第四章 小休止
『ブルーリボンと呼ばれる青いビロードのような布を入手。これが下層へ行く通行証になるらしい』
縦横五センチくらいしかない小さな日記帳に、ロゥはそう書き記した。その下に日付を書き付けると、ついている鍵をしっかりかけた。
ブルーリボンを手に入れたアデレードたちだったが、すぐに迷宮の下層へは乗り込まなかった。もう一度一階から四階までを洗い直し、万全の体勢で下層に臨むつもりだった。その下の階からは、敵が格段に強くなる、とのことだったので、誰もそれには異議を唱えなかった。
「だけど、その前に、一日休憩しない?けっこー、配備センターでは消耗したからね!」
と、言うエレオノーレの意見で、アデレードたちは週の真ん中ではあるが、休息日を取ることに決めた。
アデレードには特に用事もなかったので、春の色に染まりつつある街をぶらぶら歩くことに決めた。たまには、こういうこともいいだろう。気が紛れるし……。
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第五章 発展途上
前衛のアデール、ロゥ、エルが魔物に向かってまっすぐに斬り込んでいく。その数歩後ろにブラザー・イザンバールが陣取って、みんなの状況を見極めている。
オレとマシェラの位置は、魔物からだいたい同じ距離だ。オレたちは、前衛をサポートするための呪文を唱える。
隣のマシェラは淡々と詠唱をしているけれど、オレはいつも、どの呪文を使えばいいか頭の片隅で悩みながら唱えている。
この呪文なら、みんなが楽になるかな、とか、オレが今放った呪文はその場に合っているのかな、とか。
みんな、どう思っているんだろう。オレの呪文。
大丈夫なのかな。オレ、オレ、ほんとにアデールたちの役に立つ働きをしているんだろうか。
「アデール、最下層にはいつ行く?あたしたち、この階で結構戦ってるよね」
迷宮での休憩中に、エルがリーダーのアデールに聞いている。オレも、それは気になっていたから、こっそり聞き耳をたてる。
アデールは白くて長い人指し指を唇の下に当て、それからしばらく何かを考えていた。そして、おもむろに、
「……そうだな、グラがティルトウェイトを使えるくらいになったら、かな。そこまでいけば、みんなも安心して戦える実力にはなっていると思うから」
オレが、ティルトウェイトを使えるようになったら。
オレが。
他のみんながどうこうじゃなくて、オレが。
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第六章 手紙
信頼できる仲間とともに行なっているというのに、探索は遅々として進まない。降り掛かる様々なアクシデントを、アデレードはすべて自分のせいだと思っていた。
マシェラのことも、例外ではなかった。
彼女を死なせることになってしまった直接の原因は、グラシアンのミスだが、元を正せば、彼に的確なアドバイスを与えられなかった自分がいけなかったのだ。それなのに、カント寺院で、冷静さを失ってグラシアンを責めてしまった。挙げ句、手をあげるところだった。
アデレードは右手を見つめた。
……自分のものではない、節くれだった巨大な手。その手は、小さなアデレードの意識が朦朧とするまで、彼女を打ち据えていた。
その手と自分の右手が重なりそうになり、アデレードは慌てて首を振った。
冗談ではない。私は、あの男のようには絶対にならないと、子供の頃に誓ったのだ。
しかし、実際には、私にはあの男の血が流れていて……。
アデレードは、両腕で自分を抱いて、ぶるっと身震いをした。
マシェラの回復を待ってから探索を再開することになったので、十日程度は迷宮に入ることができない。
イザンバールは、自分の修道院へ戻った。ハーバリストの彼は、自分の薬草園の様子が気になって仕方がないらしい。春にはなったのだが、日中暖かくても朝夕はまだ冷えるというのがこの土地の気候だ。今の時期が、植物たちの成長にとって重要な時期なのだろう。
グラシアンは望んでマシェラについていた。あの一件以来、マシェラに対する彼の態度に変化が見られるようになった。彼の優しさが、マシェラのかたくなな心の突破口になれば、とアデレードは切に望んでいた。
エレオノーレは情報収集に精を出している。アデレード自身は、といえば、宿に戻ってこれまでの探索の結果をまとめたり、訓練場で剣技が鈍らないように他の冒険者の相手をしていたり、という具合だった。だが、たいていの冒険者は、彼女と打ち合いを始めて五分と持たずに根を上げてしまう。これでは、訓練にならない。せめて、ロゥが相手をしてくれれば。
ロゥは……、どこにいるのか、わからない。
「ロゥちゃん?」
三日ぶりにあったエレオノーレに、ロゥの居場所について聞いてみた。彼女は、袋いっぱいに買った黒パンを頬張りながら、
「あたしも、実は探してんのよね。この間、偶然、訓練場でロゥに会ってね。ちょっと話をしたんだけど、その時、ロゥったら、これを落としていったのよ」
エレオノーレはごそごそと自分のポケットを探り、コインほどの大きさの白い物体を取り出した。そして、それをアデレードの手の上に置く。
「これは……」
マント留めだ。ロゥはいつもこれをつけているから、見覚えがあった。縦長の二重の楕円の中心に、十字が据え付けられている。こうしてじっくり眺めてみると、精巧な細工でできていることがわかる。よほど、腕のいい職人の手によるものに違いない。
「それさ、象牙だよね?」
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