純愛風青春ホラー小説
遠野十字が恋したのは、大きなマスクをした女の子だった。
彼女は一体何者なのか……
(本文一部抜粋)
家に向かって歩いていたら、後ろから呼び止められた。
「君、未成年だね。何してるの?」
自転車に乗った警官だ。
「コンビニで飯買ってました」
「ダメだよー。明るいうちに買い物しとかないと」
いやほんと、まったくっすよ、自分マジでうっかりしてました、と俺は必要以上に卑屈にふるまった。
「親御さんも心配してるだろうし、早く帰りなさい」
「はーい。ところでお巡りさんは大丈夫なんですか? 通り魔とかめっちゃ怖いじゃないですか。やっぱり拳銃とか持ってるから平気なんですか」
中年の警官は朗らかに笑った。
「拳銃なんて持ってないよ。警棒なら持ってるけどね」
「へー、でも一人で見廻りとかすごい勇気いりますよねー」
「まあ、仕事だしね。君が夜に出歩かなければ仕事も減るんだけど」
「すみませーん。でも俺以外にもお巡りさんの仕事増やしてる奴いるでしょ」
「いるっちゃいるけど、普段目にする不良少年たちは見なくなったね。代わりに今までじゃ見なかったようなおとなしそうな子がふらふら歩いてるよ。今週同じ女の子に二回声かけてるんだ。また見たらさすがに家に連絡しないと」
「へー、ちなみにどの辺ですか? 駅近くならお迎えとかまってるんじゃ」
「いや、古墳公園あたりだからね。あの辺、バス停もないんだよねー」
その後二三言話して俺は警官と別れて素直に家に帰った。そして上下ジャージに着替えて再び家を出た。古墳公園までは軽くジョギングで一〇分くらい。そこにいるのが別田とは限らないが、かすかに覚えた予感めいたものを信じて俺は走り出した。
古墳公園は一見小山のような円墳を中心に作られた市民憩いの場だ。道沿いに木や花が植えられ、ところどころに休憩用のベンチがある。芝生広場では飼い犬と戯れる親子がいたり、人目をはばからないカップルがいちゃついたりと中々にぎわっている。
夜になるとほとんど人通りがなくなる。理由は広さの割に街灯の数が少ないから。何度か痴漢も出ている。公園を通るくらいなら少し遠回りしてでも四車線で交通量の多い車道沿いを通るのが通例である。
今夜は雲がありいっそう暗い公園の中を俺は走っていた。街灯が照らすのはその半径二メートルほどでそれ以外は何かが潜んでいてもわからない。俺は街灯と街灯の間をつなぐように走る。
公園は一周しても校庭二周分程度だ。しかし半分くらいで俺の横っ腹が誰かに握りつぶされているかのような痛みを覚え始めた。普段してないことをするから……。とにかく公園を出ようとするが、前に進もうとすればするほど腹筋に負担がかかり、足が重くなる。
俺は街灯から離れた場所にうっすら見えたベンチまで這うように歩き、腰を掛けた。一息つく。オタクがたまに張り切るとこうなるのだ。別田もいそうもないし、空回りだったか。
そのときさっきまで俺がいた街灯の光が陰った。こんな時にも通行するやつはいるらしい。俺のいるベンチは街灯の恩恵を受けていないからあちらからは見えにくいはずだ。こんなところで息の荒い汗びっしょりの男がいたら通報されかねないので俺は息を殺して影が通り過ぎるのを待つことにした。
しかし、息は殺す前に止まった。
影の形が異様だ。
街灯に照らされているのはつなぎを着たガタイのいい男だった。だが影はほっそりと首を伸ばした、キツネ? しかもかなりでかい。影を作る男と同じくらいの大きさがある。
男は全身の体を抜いたようなだらしない歩き方をしていた。二歩進んだら三秒くらいその場でゆらゆらと揺れている。逆に影は機敏に首をめぐらし周りをうかがうようなしぐさをしている。
瞬きせずに俺はその連動しない二つの動きを見ていた。夢じゃないはずだ。脇腹はまだ痛い。じゃああれは、いわゆる怪奇現象というものか。俺は俺の知識を総動員させて現状を理解しようした。(続きは本誌で)