【内容】
漫画「臨死」
小説「万引き」
VS映画感想
妖々新聞 等
小説一部抜粋
「ちょっと……」
その声が私に向けられていることを察知して私は振り返らずに駆け出した。小汚い文房具店を飛び出し、すいすいと人ごみを縫っていく。声の主はすぐに諦めたようだ。
駅に着くと私は定期券で素早く構内に入り、出発間近の電車に滑り込んだ。念には念を重ねる。気を抜いて捕まってはつまらない。すぐ次の駅で降りてトイレの個室に入った。制服のスカートのウエストに挟んだのはあの店にあったレターセットだ。一昔前の売れ残りだろう。あまり可愛くない。それでもそれを愛おしく思えるのは、通報・退学・勘当などあらゆるリスクを背負ったスリルのある遊びで手に入れたものだからだ。
―万引き。私はこの言葉が好きだ。よろずの物を引いていく。私は何でもいい。誰も見てない時に、ばれない物を選ぶ。当たりはずれはある。それも心くすぐるスリルの一つだ。鞄に入れることもあるが、私は男性が店員の時は服や靴の中に入れる。疑われても痴漢扱いすれば諦めてくれるんじゃないかと思う。まだそんな状況に陥ったことはないが。
私は慎重なのだ。今日の店ももう行くことはない。次は3か月前に行った雑貨店で遊ぼう。
レターセットをカバンに移し替えようとして、かゆいようなかすかな痛みを脇腹に覚えた。制服をもう一度めくると、赤い細い線が10センチほどついていた。レターセットを隠したときに梱包のビニールで切ってしまったのだろうか。それにしてもしっかり切れている。不思議だが血もすでに固まりかけているので放っておくことにした。
雑貨店はセールをしていて以前より人の出入りがあった。もし誰か一人に顔を覚えられたらめんどうだと思ったが、客は値札とにらめっこして他の客には関心がないようだし、二人しかいない店員は、レジと電話で塞がっている。私は右手でシンプルなデザインの一輪挿しを見て、左手で布製のコースターをつかんでスカートにはさんだ。すぐに一輪挿しを置き、足早に出口に向かった。誰も気づいてない。やっぱりこの店は盗りやすい。そう思ったときだ。
「イタッ……!」
(続きは本誌で)