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青い戯れ

  • 南1-2ホール | F-36 (詩歌|俳句・短歌・川柳)
  • あおいたわむれ
  • 古木融
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 300円
  • 彼女に惹きつけられた。ひたすらに、わたしを離さなかった。


    美術館へ行った帰り、十六時四十分頃。薄暗さが車窓から浸食してくる時間帯。もう、すっかり夏も終わりそうである。やわらかな冷たい風がわたしの身体を撫でる。夕闇に包まれると、いつもどくどくとした衝動に蝕まれる。どこかへ行ってしまいたくなるような、そんな感覚。


    夏休みということで、いつもより遠出をした。こうした長期休みは作品作りのアイデアのため美術館や知らない町へ散歩に行くのだ。最寄り駅から一時間程かかるところだった。美術館で見た作品を思い出し、何度も反芻しながら知らない町を探索がてら遠回りして駅へ向かう。宙に足が浮いたような、日常から逸脱したふわふわとした気分。植木鉢が沢山外に並んでいるお花屋さん、緑に囲まれている大学、ゆるやかなカーブの道を少し歩いたところにある、町の中で静かに佇んでいる竹林。こうした知らない世界へ飛び込むと、わたしが何処にいるのか分からなくなる。緑の隙間からの光が脳へ差し込み、ざわめく葉ずれの隙間にわたしを入り込ませる。

    時間の重なりを感じさせる町へ、わたしは溶け込む。そんな不思議な感覚を絵具で絵へ落とし込むのだ。そうして何度も思い出す。町に溶け込むなんて、神様みたいだなって思う。空気としてずっと、見守っていたい。


    南武線に揺られながら笹川真生のアルバム、「we are friends」を耳に流し、そんな町の息遣いの余韻を味わう。ああ、気持ちいいなあ。音のひとつひとつが私を脈打つ。

    美術館の展示、よかったなあ。作家ごとにブースが分かれていた。薄暗い中見たシュールレアリスムの、思考を徊逅(かいこう)するような映像がよかった。ブースに入る前から、バイオリンの音が漏れ出ていて、それが私の心臓を掴み、どくどくとさせる。今もその感覚がする。音楽がそれを増幅させる。作品が混ざり合い、血液となって脈打つ。


     途中停車した駅で、さらりと少女が乗り込んできた。ふと目に入ったその彼女の腕には刺青が入っていた。半袖からちらりとみえる右腕には英字で一言、左腕には昆虫の絵がさり気なく。別に、タトゥーシールかもしれなかったが、彼女は墨を入れているだろうという確固たる自信が、何故かあった。よく似合っていた。と思うと同時に、何か濁流が私の中に込み上げてきた。


    あ、メンヘラだ

    この子、一見普通の子だけど、うまくやってて内に秘めてる系のメンヘラだ。


    そう直感した。しっかりとした芯があって、服装や小物で自分の世界観を作り上げている……いや、自己表現している感じ。そうして自分の世界を常に垂れ流して、ぐるぐると身体を廻って、循環していて、それが血肉になっていて、だから、彼女の肌から、肉から、尋常じゃないオーラが漂っている。そして彼女は彼女の世界に、常に作り出されている世界に耽っている。そんな感じ。


     じっくりと観察する。彼女のくりくりとした大きい目はきらきらとうるんでいたが、どこか狂気を内包していた。瞼はアイシャドウでピンクに淡く彩られている。眉はアーチ状、髪型はショートカットで柔らかな濃い茶色。前髪はセンターで分け左右に流しており、ボーイッシュだった。服は半袖のシャツの上に、襟に沿って白い線が二本入っている、ノースリーブの黒いセーター。そしてツルツルとした素材の黒いパンツ。何か植物のような模様の入った厚底の靴。

    一見普通の服だが、どこかズレているような違和感を覚えた。シャツの上にセーターを合わせるのは、どこの洋服屋さんも店頭のマネキンに着せるほど流行りのスタイルだったが、そこはかとない自我を感じた。きっと彼女の手にしているスマホカバーだとかの小物のチョイスからそう感じるのであろう。スマホカバーに挟まれているステッカーはピンク色で自傷している女の子の絵。


     視線が釘付けになって離さない。この狂気を残しておきたくて、無音カメラを起動する。

    人間は素材だし、作品である。わたしを昂らせ、わたしの快楽となり世界を満たす。

    そんな持論で正当化し、時々、電車の中でわたしの気を惹いた人を盗撮する。主にセンスのいい髪型や服装をしている人を。別に、流行りの恰好をしている人のことを言っているのではない。自分の好きなものを、守るために、そっと自分の声に耳を傾け、するりとそんな装いをしている人たちのことだ。

    盗撮ではないが、二、三年ほど前、白いセーラー服を着た女子中学生に目を惹かれたことがある。彼女は読書に没頭していた。その姿が凛々しかった。読むスピードが速いため、こっそりとタイマーを起動させて、頁を捲るたびにラップタイムを付け、何秒で見開き一頁読むのか計った。計っていると気づかれないよう、わざと10秒ほどずらしてボタンを押していた。


     イヤホンをしている。何か音楽でも聴いているのだろうか。


    ああ、あと何分この空間を味わえるのだろう。電車の画面を確認すると、最寄り駅まであと十六分と表示されていた。残念だな、あと少ししかこの空間を味わえないなんて、もう、彼女に会えないなんて。わたしが降りるより先に彼女が降りてしまう可能性だってある。

     話しかけたら、どうなるのだろう。すごく警戒されるのかな。女だし、ナンパとは思われないだろうけれど。まず、何て話しかけよう。インスタかTwitterのアカウントでも聞いてみるか。何か創作活動はしてそうだ。勝手なイメージだけど、1990年代の音楽だとか聞いていそうだ。部屋にレコード盤でも飾ってあるのかな。レコードから流れる音楽に揺蕩う彼女を想像する。


     電車が停車する。彼女はまだ降りない。


     そういえば年はいくつなんだろう。同い年だろうか。刺青が彫ってあるということは高校生ではないよな。でもあどけなさがあるから18か19くらいかな。大学一年生なら同い年なんだけどな。

     お出かけということで身なりはそれなりの格好をしていた。白い花柄の清楚なワンピース。周りにかわいいのが似合うって言われるから着ているだけ。本当はかっこいい恰好をしたいのだけれど。


     次の駅に停車した。彼女が立ち上がった。


    あ、行ってしまう。


     そう思ったら、声をかけていた。


    「おいで」


     なんて話しかけたかは忘れたが、彼女はわたしの目を見て微笑み、そうわたしの腕を引っ張った。


    あれ?いいのかな、ついて行って。


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