部活に向かう子や、これからカフェに行こうと話している子、ただ駄弁っている子の間を通り抜け、わたしはまっすぐ職員室へと向かう。とくとくと心臓を鳴らしながら。
なんともない顔をしながら引き戸を開け、入り口近くの席に長い足を持て余しながら座り、書類を手にしている伊藤先生に慣れた様子で話しかける。
「こんにちは」
「こんにちは、今日はどうされました?」
いつも先生は、「どうされました?」って、その長めの黒い前髪の間から無垢な瞳を覗かせ、決まって聞いてくる。別に用がなくてもお話したいのに、先生は臨時講師で忙しいから、そういう訳にもいかない。
「これ、見て下さい。」
私はつい最近書いた絵を先生に渡した。自分の心情を絵の具でじくじくと塗り込めた、いわゆる抽象画。描いたばかりの時はその出来に満足していたけれど、最近はその良さがわからなくなってしまっていた。アクリルと紙で構成された、ただの物体になりかけているそれを人に見せてみようという魂胆だった。国語の教師で美術には関係ないのに、先生はいつも真面目に鑑賞してくれ、つらつらと感想を並べてくれる。忙しい中そうして真摯に見てくれるのが嬉しく、私はちょくちょく絵を見せていた。しかし、今日はいつもと違った。
そのかくばった長い褐色の指で、そっと私の絵を受け取り、先生が絵に目を合わせた瞬間、作品は作用し始めた。
ふわりと、どろりと、絵から漂う蔦が鑑賞者に絡む。
そして、じっくりと、絵の全体を見る、切れ長で鋭くもどこか優しい、上品な先生の瞳。その瞳に、私はわたしの奥を触れられているような気がした。
私を見てくれている、塗り込めたわたしの想いを、分かろうとしてくれている。先生が私に目を合わせる時より、私と会話している時より、絵を見ている今の方が、本当の意味でわたしを見てくれているような気がした。ああ、絵がわたしの本体なんだ
先生はなにか感想を口にしてくれているが、もう私に言葉は必要なかった。
蔦が私にも伸びてくる
甘んじて受け入れ、わたしはじりじりと溶かされひとつになった
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