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文学フリマ東京41出店者
水と月(ブース: い-59)
川司のおきて
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川司のおきて
南3-4ホール | い-59 (小説|ファンタジー・幻想文学)
かわつかさのおきて
遠野みづき
書籍|B6
28ページ
200円
https://www.pixiv.net/novel/s…
2006/12/30(土)発行
川と共に生きる村には、水の言葉を読む巫女がおりました。あるとき、巫女は山の神からお告げを受けます。村を流れる川を治める司の力が尽きてしまい、彼女に次の司になってほしいというのです。村のために身を捧げる決意をした巫女でしたが、家族への思いを断ち切ることは容易ではありませんでした……。
※サンプルに載せていない後半に自然災害(水害)の描写があります。苦手な方はご注意ください※
※表紙の紙の種類がカタログ画像と違う場合があります。
以下、冒頭です。
川司のおきて
昔々、まだ神々がこの世に在した頃。山から流れ出した川が幾筋にも分かれた土地がありました。水に恵まれたこの地にはたくさんの人が居つき、そこはやがて村となりました。水と共に生きる人々は豊かな自然と共に永いこと平和に暮らしていました。
村には川の巫女がおりました。川の巫女は日々、水の言葉を聞き、その日その年の天候を予見して村人たちに告げる役目を担っていました。巫女の一族は途切れることなくその役目を全うし、村の繁栄に身を尽くしておりました。
あるとき、巫女となったばかりの少女は不思議な夢を見ました。夢の中で、一人の背の高い美しい女が巫女に語りかけてきました。
「わたしは山の神。おまえたちの村を流るる川は我が山から湧き出でたるもの。その川の司がまもなく力尽きようとしている。おまえに、次の代の司になってもらいたい」
夢から覚めた巫女は、自分に巫女の術を教えてくれた母や祖母にこの話を伝えました。祖母は古い言い伝えを巫女に話しました。それは歌に歌われた物語でしたが、そのことが自分の身に降りかかってこようとは、巫女は露ほどにも思っていませんでした。
* * *
この地に人が住み着きだした頃、川の流れは荒々しく、ついには氾濫してせっかく築いた家も畑も全て押し流してしまいました。それは幾度となく起こり、やはりここに住むのはあきらめるべきなのかと人々は思いはじめていました。そこへ、一人の少女が川をさかのぼり、山へ入って山の神に相談したのでした。山の神は少女に告げました。
「この川には司がいない。だから大雨が降るとすぐに氾濫してしまうのだ。誰かが司になって川を治めれば、流れは穏やかになるだろう」と。
少女は村へ戻り、山の神の言葉を伝えると、川へ身を沈めました。沈んだ身体は透き通った水にとけるように消えてしまったということです。
それからというもの、川が氾濫することはなくなり、荒々しい流れは穏やかになって、村人は安心して暮らせるようになりました。少女を捧げた一族の者は嘆き悲しみましたが、少女の妹が夢を見ました。それは、川司となった姉の夢でした。川司は言いました。
「あなたたちが幸せに暮らしていけるよう、わたくしはずっと見守っています。だから、これ以上悲しむのはおやめなさい。おまえは、毎日水の流れに耳を澄まし、その冷たさを確かめなさい。作物や獲物が十分にとれるよう、わたくしが助言しましょう」
川司は妹に水の言葉を読み取る知恵を授けました。それからその一族の娘は巫女として川と共に生きるようになったのでした。
* * *
その、初めに川に身を沈めた少女……川司の力が尽きようとしているのです。巫女は山の神の言うとおり、川に身を捧げて司とならねばならないのでした。
家族と別れるのは身を切るよりも辛いことでした。けれども、その少女も辛かったに違いありません。巫女は村のために身を捧げようと決意しました。
別れの日、巫女は美しい衣装を着せられて、家の庭を流れる小川をさかのぼりはじめました。家から出ると一族や村の者が巫女の後をついてきました。巫女の袖や帯につけられた鈴が悲しく響き、人々は黙って頭をたれて歩きました。
祭りの歌や畑仕事、川仕事の歌はあれど、こんなときに歌う歌を誰も知りませんでした。これを別れと呼ぶならば、弔いの歌がふさわしいのかもしれませんが、それだけは誰も歌いたくはありませんでした。
いつしか誰ともなく、歌を歌う者があらわれました。その歌は、結ばれない恋を嘆いた悲しみの歌でした。哀しく美しい調べは小さく低く人々の唇からこぼれ、涙もまた人々の目からこぼれました。
川は小さな流れと交わり、それを繰り返して太く大きくなっていきました。やがて巫女は村の出口の門まで来ました。一つになった川は石だらけの川原を曲がりくねって続き、藪の中へ消えていきます。その藪を越えると山の神の領分です。
門の前にもたくさんの人が集まっていました。巫女は人々に頭を下げると藪の中へ分け入っていきました。人々は別れや励ましの声をかけました。藪に頭まで隠れようかというとき、巫女は振り返って家族の姿を見やりました。祖父母に母親や父親、妹、弟たちの姿を見ると涙が溢れてきました。巫女は涙をぬぐって手を振り、藪の中へ入って行きました。
* * *
巫女は藪を越え、山を登り始めました。川に沿った山道は次第に険しくなり、けもの道となりました。ついにはそれもなくなり、岩とそれに絡みついた木々ばかりになりました。巫女の手足は鋭い草や岩で傷だらけになり、ひりひりと痛みましたが、祖先のことを思ってこらえました。傍らの水の流れはごうごうと音を立て、巫女を早く早くとせかしているようでした。
巫女が川の源までたどりつくころには夜になっていました。円い月が真上に輝き、照らされた険しい岩の間からは豊かに水が湧き出して淵を作っていました。その上の苔むした岩に、一人の女が少女を抱きかかえて座っていました。女は夢で見た山の神でした。
「来たか」
「はい」
「さあ、近うよれ。そなたの祖先じゃ」
少女は足元の暗い水に少しためらいました。山の神は言いました。
「これから司となろう者が水を恐れてはならぬぞ」
巫女は恐る恐る、しびれるように冷たい水に足をさし入れました。足がつかぬほど深い淵を巫女は泳いで岩の前までゆき、かじかむ手足で何とか岩をよじ登ると、山の神の前に出ました。巫女はひざまづいて山の神にあいさつの口上を述べました。
山の神はうなずいて、抱いていた川司に呼びかけました。
抱きかかえられた川司は、巫女と同じ年かさでしたが、ひどくやつれていました。司は閉じていた目を開いて、巫女を見ました。その瞳は川の水と同じように透き通っていて、美しく輝いていました。
「来てくれましたね」
「はい。しかし、わたしにつとまるでしょうか」
川司は微笑んでうなずきました。
「わたくしの血をひくあなたなら」
山の神は巫女に川司を託し、となりに座りました。巫女は川司が見た目よりも小さく、自分の腕にすんなりと納まってしまったことに驚きました。
「こわいですか」
「はい」
「大丈夫。村の人たち、あなたの家族が幸せに暮らすために身を捧げるのです。今のわたくしのようになるのは、ずっとずっと先。その間に、あなたは人にはわからぬ喜びと幸せをその身に受けるのです」
「それは、どんなことですか」
「なってみなければわからぬこと」
川司は巫女に川の治め方や、川に住む生きもののこと、さまざまなことを教えました。そして最後に、こう言いました。
「これから百年、決してお前の一族に会ってはいけません。声をかけることもしてはいけません。いいですね」
巫女がうなずくと、川司は目を閉じました。すると、司の身体が蛍のように輝き、その身は光の粉になって渦を巻いて天へ登っていきました。
その輝く粉が月に吸いこまれるように消えていくのを、巫女と山の神はじっと見守っていました。
しばらくして、山の神は言いました。
「これからはおまえがこの川を治めるのだ。先の司が教えたことを忘れるな。慣れないうちはわたしも力を貸してやろう」
「はい」
巫女は不安を抱えながらうなずきました。
「さあ、水に身体を沈めなさい。おまえは人の身体を捨てねばならぬ」
巫女の冷え切った身体がさらに冷たくなりました。恐ろしさをこらえて、巫女は岩から滑り降り、水にもぐりました。不思議と息は苦しくありませんでした。顔を上げると、月がゆらゆらと揺れているのが見えました。
「新しき川司よ。おまえの役目をしっかり果たすのだぞ」
山の神の言葉がこだまし、巫女は自分の身が軽くなったように思いました。すると周りの水が全て自分の身体の一部になったように思いました。
これまでは自らの手で温度をはかったり、水音を聞いたり、水草や生きものを観察したり、薬草を煎じてその色を見たりなどして水の言葉を読んでいました。けれど今は、耳を澄まさずともその言葉が、流れにそってどこまでも手に取るようにわかるのでした。
水がどこで岩にぶつかり、渦を巻き、よどんでいるのか。その冷たさはもちろん、魚たちのささやきも、水草の揺れる音も、水に混じる砂土の様子まではっきりとわかります。あまりに感じることが多くて、巫女は混乱しましたが、やがて落ち着いてきました。
巫女は自分が人に在らざるものになったことを知りました。
サンプルはここまでです。
ピクシブにはもう少し長く載せています。
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