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巣食い虫の望み

  • 南3-4ホール | い-59 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • すくいむしののぞみ
  • 遠野みづき
  • 書籍|B6
  • 48ページ
  • 300円
  • https://www.pixiv.net/novel/s…
  • 2012/8/12(日)発行
  • むかしむかし、味方した側へ必ず勝利をもたらすという『いくさの魔人』がおりました。緑青色の肌と赤銅色の髪、翡翠の角を生やした姿の魔人は、戦いから離れているときには方々で変わった話を聞くのが好きでした。いくさといくさの間に通りかかった村で、魔人は魔物に憑かれているという女の噂を耳にします。何でも彼女の母親は、身ごもっているときから奇妙な行動をしていたのだそうです。それが自分の生みの母の行動にそっくりだったことから、魔人は女に興味を持つのでしたが……。

    以下、冒頭です。


    巣食い虫の望み

     むかしむかし、世に不思議があふれていたころ。いくさの魔人と呼ばれる魔の者がおりました。筋骨隆々とした男の姿をしてはいましたが、その肌は緑青の色、髪は赤銅の色、耳の上からは淡い翡翠色の短い角が生えていました。魔人はいくさを起こす者からは勝利の戦神として崇められましたが、戦いに巻きこまれる者からは疫病神、死神のごとく恐れられ忌み嫌われました。人と魔の狭間で生きることを運命づけられた彼は、世界を巡りながら真実の物語を聞き集めることをささやかな楽しみとしていたのでした。

       *   *   *

     ある夏の初めの夕暮れでした。いくさからいくさへと渡るわずかなあいだ、魔人は小さな村を訪れました。裾長いマントに身を包み、フードを深くかぶって目から下を布で覆い、容易に素顔を覗きこめない出で立ちでした。魔の者と知られたくないときはこうした格好で、人目をごまかせる夕暮れ時に人里に入るのでした。それでも夏のさなかにこのような厚着は大層目立ちましたが、その鋭い目でにらまれるとみんな目を逸らすのでした。
     そうまでして人里に来たのは、痛み止めの薬草が切れてしまっていたからでした。魔人は時折、角の根が冷たく痛むことがあり、それは戦場で負う傷よりも耐え難いものなのでした。いつもならば山や森で調達するのですが、初めて訪れる場所のためになかなか見つけられませんでした。
     魔人は薬草を売っている店へ向かいました。ちょうど店主が店の外に出てきたところでした。
    「痛み止めはあるか」
    「ああ、ありますよ」
     魔人の問いに店主は明るく答えましたが、見かけぬ者に対する不審さがその目の奥にありました。
    「お客さん旅の方かね」
    「そうだ」
    「どこから来たんだい」
     魔人は黙って腕組みをし、店主をじろりと見ました。あまり詮索しないほうがよさそうだ、と察した店主はそれ以上聞かずに魔人を店の中へ招き入れました。
    「もうそろそろ閉めようと思ってたんだよ、運が良かったね」
     店主は棚から束になった薬草をいくつか取り出し、カウンターに並べました。干した薬草はかさかさ音を立てました。
    「さあどうかな、うちの商品は効き目抜群だよ」
     魔人は手袋をした指でこぼれた葉を一枚つまみあげ、匂いをかいで言いました。
    「古いな。もっと新しいのを頼む」
     店主は眉を一瞬しかめましたが、愛想笑いで言いました。
    「やあお客さん、鼻が利くねぇ。だけど、今日はこれしか……」
     そのとき、店の外で妙な気配がしたので魔人は振り向きました。するとそれはすぐに消え失せ、少し間をおいて扉が開きました。ふんわりと青草の香りが漂い、魔人と同じようにフードを深くかぶった小柄な人物がうつむいて進んできました。魔人は注意深くその者をうかがいましたが、もう何も感じませんでした。
     その人物は魔人の横をすり抜け、肩にかけていた細長い箱のような布袋をカウンターの隅に下ろしました。
    「今日の分です」
     その声で中年の女とわかりました。かすれた陰気な声でした。
    「ああ、お客さんちょっと待っててね、すぐすむから」
     店主が袋を開けると、かぐわしい香りであたりはいっぱいになりました。中にはたくさんの薬草が種類別に括られて、きちんと納まっていました。傷みもなく、良い状態なのが魔人にもわかりました。
    「じゃあ、これくらいかな」
     店主は女が出した小袋に魔人には見えないようにお金を入れ、小さく音が鳴りました。女はそれを受け取ると黙って頭を下げ、出口へ向かいました。魔人が顔を確かめようとすると、女は避けるようにさっと下を向きました。決して魔人たちのほうを見ずに、静かに扉を閉めて出て行きました。
     店主は言いました。
    「いつもあれはそうなんだよ、陰気でね。でも、持ってくるものはいいんだ」
     魔人は不愉快そうに言いました。
    「そんないいものを、ずいぶん安く買い叩くんだな」
     店主はぎょっとして言いました。
    「な、何を言うんだね」
    「渡したときの音でわかるさ。売っている値段を見ればあんたがどれだけ儲けているのかもわかる」
     店主はあからさまに機嫌を悪くしたようで、追い払うように手を振りました。
    「買う気がないんなら出て行ってくれ」
    「そうだな。せっかくいい材料を仕入れてもその後の保存が悪いんじゃあどうしようもない。あの女から買ったほうがましだ」
     店主の顔色がさっと白く変わりました。
    「あ、あの女には近づかないほうがいい、あれには魔物が憑いている、呪われているんだ」
    「ほう」
     魔人の目が一瞬ぎらりと光りました。
    「そういうことを軽々しく言うものではないな」
     店主はたじろぎながら返しました。
    「いいかげんなことじゃないんだ。あの女、若いころはほとんど家から出てこなかったのに、急に薬草を売りに来るようになったんだ。それも、この辺じゃあ採れない、ずっとずっと森の奥まで、魔物が人を惑わすようなところまで入らなけりゃ見つからないようないいものをね」
    「それだけで魔物が憑いているだと。ただの憶測だろう」
     店主はごくりと唾を飲みました。
    「ほ、本当さ。俺はあれの母親をよく知っているんだが、昔から気位だけは高い変わり者でね。結婚もせずにだいぶ歳いってからあれを身籠って、おかしなことばかりしていたんだ。水に浸かってやたら体を冷やしたり、昼間は絶対に外に出ずに月の光だけを浴びたり、毒のある木の実やらを食べたり」
     魔人の眉がぴくりと動きました。店主は声を潜めました。
    「もしかしたら、流そうとしてるんじゃないかと思ったんだ、おなかの子を。だけど彼女は、すばらしく美しい賢い娘を授かるためにやっているって言ったんだよ」
    「なんだと」
    「その娘がやがて大金持ちと結婚して、自分を幸せにしてくれるんだってね」
     店主は呆れたような馬鹿にしたような不快な笑みを浮かべました。
    「それで、生まれた娘をそりゃあかわいがってね。小さいころは甘やかし放題だった。何もないところを見て笑ったり驚いたり、話しかけていたり、おかしなところがたくさんあったんだけれど、特別な子だからだと彼女は信じきってた。けどね、大きくなるにつれて、その子がちっとも美しくなく、たいして賢くもないことに気がついちまったんだ。それからはこんなはずじゃないと邪険にし、いびり通しでね」
     店主は肩をすくめました。
    「結局愛嬌すらない、いるだけで場が暗くなる陰気な娘になっちまった。大人になってからは家にこもりきりだったよ。同じ年頃の子たちはとっくに結婚して子供が何人もいるってのにね。母親がおかしなことをしたせいで、腹の中にいるときから魔物が憑いちまったのさ」
    「その母親は誰に教わったんだ。その、特別な赤ん坊を生む方法を」
    「さあ……旅のまじない師に聞いたとか言ってたような気もするがね。昔のことだからわからんよ」
     店主は口を尖らせて続けました。
    「と、とにかく、あの女は魔物の力で金を稼いでいるんだ。魔物の力でぼろ儲けなんて間違ってるだろ。だから相場よりは安く払う。でもね、暮らしに困らない位には出しているよ。恨みを買ったら怖いからね」
    「あの程度でぼろ儲けと決め付けるか。お前がいいように利用する口実に過ぎぬだろう」
     魔人は眉をしかめ、そう言い捨てて店を出て行きました。

       *   *   *

     魔人は女の後を追いました。薬草店で感じた弱いながらも変わった気配と、聞いた話がどうしても気になるのでした。
     彼女に染みついた薬草の香りをたどるのは、魔人にとってはたやすいことでした。女は村の外れに立つ小さな古い平屋に入って行きました。そのころには日が沈み、あたりは真っ暗になっていました。
     平屋の傍には古い柳の木が覆いかぶさるように生えていました。魔人はその大きな体に見合わない身軽さですばやく木に登りました。太い枝に腰掛けるとマントを脱ぎ、顔を覆った布を外して大きく深呼吸をしました。夜風がこもった熱を奪っていきました。
     魔人は荷物を枝の間に隠すと、猫のようなしなやかさで枝を伝い、屋根にある明かり取りの窓の上から中をのぞきました。
     窓の下は台所のようで、女と母親らしき老女がいました。フードをとった女は顔のほとんどを隠すように前髪を長く垂らしていました。その腰の下まである黒い髪は数本の白髪が混じっていましたが、つやつやとして豊かでした。


    サンプルはここまでです。
    ピクシブにはもう少し長く載せています。

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