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贖いのオリキュレール 蝶の夢、人の幻 2

  • ケ-11 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • あがないのおりきゅれーる ちょうのゆめ、ひとのまぼろし に
  • ひゐ
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 234ページ
  • 1,000円
  • https://yoiyoiya-n.booth.pm/i…
  • 2022/2/20(日)発行
  • 自分のせいで生まれてしまった巨大蝿グレゴによる惨状を前に、ついにパウは現実を受け止める。

    仲間の魔術師達に会うため歩き出すが、待ち構えていたのは、自分を騙した師ベラーだった。

    長編ダークファンタジー小説、第二巻。四章・五章を収録。


    表紙イラスト:星灯れぬ様

    ※この小説はweb再録小説です。 収録されている物語自体はweb上で最初から終わりまで読むことができます。


    ======小説冒頭サンプル======


     ――霧の漂う谷底で、歪な悲鳴が響いた。それは怒りと苦しみが混じった声。

     白い霧の中、巨大な漆黒はより黒々として見えた。けれども網に捕らえられ、また何本もの剣や槍、矢が刺さったそれは、ただ地面に転がってもがくしかなかった。細い足をばたばたと動かし、ぼろぼろになった羽を震わせる。いくら暴れても絡みつくような網に捕らえられたままで、そこから抜け出せそうな様子は見えなかった。

    「これで……やっと……!」

     漆黒のそれ――巨大蝿を取り囲んでいた男の一人が、頬についた汗と黒い返り血を手で拭う。彼の瞳には、希望が宿り始めていた。

    「――やったぞ!」

     また別の男が声を上げる。その声に続いて、周囲の男達は勝利の声を上げ始めた。霧の中に、希望に満ちた声と安堵の声が響く。武器を手にしたままの者は武器を掲げて。武器を持たない者は手を叩いたり、両手を上げたりして。だが。

    「しかしこれ、どうやって殺すんだ?」

     まだ槍を手にしていた男が、穂先で巨大蝿を突く――矢を何本も受け、それだけではなくいくつもの剣や槍が身体に刺さったままの巨大蠅。黒い血をどろどろと溢れ出させているそれは、まだ生きていた。

     どうやら簡単には死なないらしい――戦う中、男達は気付いていた。この巨大蠅は死なない。その上、傷も再生する。負傷させ続けていると、再生速度が遅くなってくるものの、死ぬことはないらしいのだ。

    「……俺達のご先祖が相手にしたのは、ちゃんと死んでくれる『怪物』だったしなぁ」

     一人が溜息を吐く。するとまた別の一人が。

    「デューなら、何かわかるんじゃないのか? わかりそうな人間を、寄越してもらえないのか?」

     その時だった。

     ――上空から響いてきた奇妙な鳴き声に、空気が震える。

     はっとして男達は空を見上げた。しかし白い霧で、見通すことはできない。

     と、その霧が渦巻き、黒い影が見えてくる――。

    「――離れろ!」

     誰かが声を上げた。すぐさま男達全員が、その場から離れる。

     直後に白い霧を纏いながら、どん、と何かが巨大蝿の上に落ちてきた。

     ――それは地面でもがく巨大蠅と、全く同じ巨躯。全く同じ漆黒。耳障りな咆哮を上げ、牙のある口から涎を滴らせる。

    「――もう一体……!」

     霧の中から現れたそれは――もう一体の、巨大な蠅だった。

     男達が驚愕していると、二体目の巨大な蠅の下で、弱った一体目がぎいぎいと鳴き暴れる。けれども二体目を振り払えない。二体目は細い足でもがく一体目を押さえ、巨大な複眼でじいと見つめる。

     そして何を考えたのか、牙のある口を大きく開けて。

     ――一体目の巨大蠅から絞り出される、脳を揺らすかのような悲鳴。そして飛び散る腐臭を帯びた血。

     突然現れた二体目の巨大蠅は、弱った一体目を、喰らい始めたのだった。

     無傷の二体目は、網や武器を気にせず、一体目の巨大蠅を食んでいく。喰われていく巨大蠅は、最初こそ悲鳴を上げて抵抗をしていたものの、徐々に動かなくなっていく――。

    「――何を、して……?」

     男の一人が、やっと口を開く。それで他の男達も我に返った。

    「あいつもどうにかしないと! まだ戦えるか?」

    「武器がない! 剣はあいつに刺したままだ……誰か、武器を!」

    「矢は……まだある!」

    「網の予備もある! まだ戦える者だけで、何とかできそうか……?」

     男達は叫びあう。突然姿を現した二体目とその行動に、どこか声は怯えていたものの、誰も下がることはなかった。自らの武器の状態を見て、また武器が余っている者は持っていない者に手渡す。

     ――この谷を守るために、男達は覚悟を決めていたのだ。

     しかし、一人が声を上げた。

    「ちょっと待ってくれ! あいつ、様子がおかしい……」

     ……二体目の巨大蝿は、あっという間に弱ったもう一体を平らげてしまっていた。血に染まった地面に散らばるのは、肉片と網の残骸、そして喰われず残った武器だけ。

     その中央にいた巨大蝿は、ぴたりと動きを止めていた。

     その頭に、ぴしり、と、亀裂が入る。

     ――亀裂から、鋭く大きな突起が姿を現す。角だった。と、亀裂からは血もどろどろと溢れ出す。巨大な蠅といっても、そこから溢れ出るには明らかに質量を無視した量。巨大蝿が天を仰げば、巨体は自らの血に包まれていく。

     腐臭に似た臭いが、霧と混じって辺りに重々しく漂う。男達は、ただ目の前で起きている異変に動けなかった。

     やがて血が全て地面に滴って、それが姿を現した。

     それは、頭に角を戴きがっしりとした六本の足を持つ、巨大な何か。

     蠅らしさはあまり残っていない。巨大で黒色であることは変わらないが、薄い羽は長いものに変わっていて、体躯も細くなったように見える。口があったところを見ればそこには牙どころかそもそも口自体なく、頭は球体のようになっていた。ただ角だけがあった。

     別の『怪物』がそこにいた。

    「なんだ……?」

     唖然としている男達が『怪物』を見上げる。手にした武器を構えることすらも忘れて、彼らはそれを見つめていた。

     『怪物』は生き物の声とは思えない、金属質な声を上げる。口がないにもかかわらず放たれたその声は、周囲にこもるように響く。と、角の先に光の球が生まれ、破裂した。

     破裂した光は、あたかも意思があるかのように宙を滑り、男達数人の胸に突き刺さった。何人かは、とっさに武器で払った。けれども胸に光が突き刺さった者達は、そのまま地面に倒れてしまった。

    「――油断するな! まだ戦いは終わっていない!」

     声が響いて、男達は臨戦態勢に入る。ある男は思い出したように武器を構える。またある男は倒れた者達へと駆け寄る。

    「大丈夫か!」

     一人が、光を受けて倒れてしまった仲間を起こす。その胸に光は刺さったままだった。出血はない。光は埋もれるようにして刺さっていて、彼はがくがくと身体を震わせていた。

    「いま……いま助けるからな……!」

     駆け寄った男はそう言って、光に手を伸ばした、その時だった。

     ――短剣が、音もなく、彼の脇腹に突き刺さった。

    「……あ?」

     光に手を伸ばそうとしていた男は、赤く染まっていく脇腹を見つめる。ずるりと抜けた短剣を握っていたのは――胸に光が刺さっている男。まさに彼が助けようとしていた仲間だった。

    「どうし、て?」

     そう言葉を漏らしたのは、身体を震わせながらも短剣を仲間に刺した男、本人だった。

     次の瞬間、彼は再び、短剣を仲間に突き刺していた。今度は胸に、深く沈み込ませる。

     刺された男はふらりと倒れる。目を開いたまま、もう閉じることはない。

     そして立ち上がったのは、光が刺さったままの男。

    「あ……がっ……!」

     まるで苦しむかのように声を漏らしながら、彼はふらふらと歩き出す。と、胸の光が身体を蝕むかのように迸り、男はまるで喉を絞められたかのような奇声を上げる。

     ……『怪物』を見据えていたものの、異変に気付いた他の仲間達が振り返る。

     彼らの背後で、光が刺さったままの男は、変わらず立っていた。

     けれどもその目は白く輝いて、生気が感じられない。

     現に彼はその時、もう息をしていなかった。


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