魔王城の最奥。決して趣味がいいとは言えない仰々しい飾りがごってりと付いた扉の前で、エリオルたちは顔を見合わせ、頷き合った。
「魔王! 勝負だ!」
エリオルは勢いに任せて扉を蹴破り、スッと勇者の剣を構えた。その背後を守るように、魔術師のアイアリスと、回復術師のサラがそれぞれにメイジスタッフとメイスを構える。
「……は?」
重い扉の向こうはひどくガランとしており、天井まで届く大窓も、ずっしりしたビロードのカーテンも、厳めしい王座も何もない、ただ天井が高いだけの、寒々しい大広間だ。
そんな大広間の真ん中に──縁が少々傷んでほつれ、所々に何かの染みが付いた、二メートル四方ほどの貧相なカーペットが敷かれている。そしてそのカーペットの中央に──丸いちゃぶ台が置かれていた。
ちゃぶ台には、炊き立てほかほかツヤツヤの白米が茶碗に山盛りに。その茶碗の隣には、少々焼き過ぎた焦げ目たっぷりのアジの開き。味噌汁はなめこがぷかぷか浮かび、かつお節をふりかけたほうれん草のおひたしと沢庵に梅干し。熱々の湯気が立ち上るほうじ茶の湯呑みがあり、粗食ながらも非常に栄養バランスのよい食事が用意されていた。
その質素かつ健康的な食事を前に、せんべい座布団の上で今にもイタダキマスをしようかと両手を合わせた、地味な顔付きの男が一人。他に誰の姿もない。
彼はエリオルたちの方をじっと見て小首を傾げ、ゆっくり口を開いた。
「あのー……どちら様ですか?」
彼のあまりにのんびりした口調と室内のアンバランスな雰囲気に、すっかり覇気を相殺されてしまったエリオルはパクパクと口を開くも、言葉が出てこない。
「あ、もしかして回覧版か宅配便ですか? すみません。今から晩ご飯だったんで、全然呼び鈴に気付かなくて」
彼はジャージのポケットをガサゴソと探ってスタンプ印を取り出す。
「いやー、なんせウチってやたら広いじゃないですか? 呼び鈴に気付かない事、よくあるんですよ。あ、ハンコどこに押しましょうか?」
「どういう……事なの? 状況が分からない……」
ようやく声を絞り出したのは、回復術師のサラだった。
「どういうって……え? 回覧版とか宅配の人じゃないんですか? あれれぇ? 宅配ピザ頼んだ覚えはないし……」
スタンプ印をこちらへ向けたまま、彼は首を先ほどとは反対方向へ傾げる。
「ち、違いますよ! 僕らは勇者です! 世界を救うために悪い魔王を倒しに来たんです!」
アイアリスが必死に叫ぶ。そして我に返ったエリオルも勇者の剣を構え直して叫んだ。
「騙されないぞ、魔王! そうやって俺たちを油断させようって魂胆だな!」
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