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黒渦〜CLOSE〜

  • Fホール(2F) | エ-12 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • くろうず
  • 天海六花
  • 書籍|新書判
  • 700円
  • http://lyufayran.holy.jp/
  • 2014/12/28(日)発行
  • 大正浪漫風混沌系サスペンス

    時は大正。モダンな珈琲茶館で働く少女、美帆。
    美麗な女主人、綾弥子と、無口な弟、晶。
    茶館に「特別なお客様」が現れた時、穏やかな日常が崩れ去る。

    -----------------------------------------------------------------------------------

     鋭利なもので掻き切られた喉から、ひゅうひゅうと空気が漏れている。血だまりの中から苦しげに呻き、自らの運命を受け入れようとせず、救済を請い、求める。

    「助け、て……タスケテ……お願、イ……」

     手に付着した〝血液の汚れ〟だけを執拗に気にして、彼は足元に横たわる者の声など聞いてもいない。まるで耳に入っていない、彼の意識下ではそんな者は存在していないかのようだった。

     そんな彼のすぐ傍で、彼女は興味津々といった様子で、その者を見つめている。

    「ふぅん……助けてほしいの? 命が惜しいの? でもあなたを助ける価値、無いわよね? だってあなたは〝汚れて〟いるんだもの。〝キタナイ〟の」

    「助けて……助け……」

     自らの体内から溢れ出した血だまりの中から、懸命に救済を懇願するその者は、血に塗れた手を伸ばす。

    「ふふっ。どうする? この子、助けてほしいんだって」

     彼女は彼に妖艶な笑みを向ける。彼は彼女に促され、初めて表情を変化させた。

     感情表現の乏しい彼の見せた初めての感情──疑問。あるいは、不審。

     

     彼は彼女の問い掛けを無視し、再び手に付着した汚れだけを気にし始めた。そちらの方が重要であるかのように。

    「あら、残念。この子も、あなたを〝汚れてる〟って言ってるわ。汚いモノはいらないの。あなただって、汚いモノより綺麗なモノの方がいいでしょう?」

    「ううっ……お願い、だから……タス、ケテ……」

     彼女はその者の傍にしゃがみ込み、二本の指で摘まむように前髪を持ち上げる。縺れた髪の隙間から、ほんの僅かに輪郭が覗く。

     珠のような綺麗な若々しい肌に張り付く髪。その者はまだ若いという事実を如実に表していた。

    「どうして〝それ〟に触るの?」

     今まで何事にも無関心だった彼が、抑揚のない声音で短く彼女に問い掛ける。まるで彼女が触れてはいけないものを触れたかのように、責めるような口調にも聞き取れた。

     

    「助けてほしいの? 命が惜しいの? でもあなたを助ける価値、無いわよね? だってあなたは〝ヨゴレテ〟いるんだもの。〝キタナイ〟の」

     

     彼女は彼の簡素な問い掛けを無視し、先ほどと一言一句違(たが)わない、全く同じ言葉を口にした。彼の眉が小さく動く。自分の言葉を無視された事に立腹しているような、ほんの僅かな感情の変化だった。

    「助けてほしいの? 命が惜しいの? じゃあどうやって綺麗になるの?」

     彼女は無邪気な声音でその者に問い掛ける。執拗に、何度も何度もくり返す。その者にはもう、返事をする力も残っていないというのに。

     

     先に飽きたのは彼の方だった。

    「もういい、帰ろう」

     さきほどから気にしていた汚れた手で、彼は彼女の袖を掴み、引っ張る。汚れが彼女の服にも付着したが、彼女は気にせず、足元の者の顔を見ようと、縺れた髪を無邪気な様子で持ち上げている。

     帰りを促す彼の要望など聞きもしていない。自分の感情だけで動いていた。

    「帰ろう」

     もう一度、彼が彼女を促す。眼鏡の奥の双眸が、きょろりと彼の方へと向く。ようやく彼女の耳にも彼の声が届いたらしい。

     

    「……そうね。飽きちゃった」

     彼女はクスクス笑いながら立ち上がり、袖の汚れも、血だまりの中の者も、何一切の興味を失ったかのごとく歩き出す。キビキビとした迷いのない足取りは、今まで血まみれの者を弄んでいたとは思えぬようだった。

     そしてその後に続いて、彼も立ち去った。

     

    「助け、て……誰、か……」

     血だまりの中の者は誰にともなく、救いを請い求める。誰もいなくなった部屋で、ただひたすらに助けを求めていた。

     意識は朦朧となり、視力はとうに失った。けれども助けを求め続けた。もう、〝声〟にならない音で。

     

     命の灯火が燃え尽きる、その間際。

     足音もなく、その者に近付く影があった。

    「……そんなに生きる事に執着するなら、助けてもいいよ。だって〝あれ〟はもう終わりだから」

    「……タス……ケ……テ……」

    「うん。助けてあげる。でもその汚れた手で触らないで。汚れたくないから」

     ククッと小さく笑い、血が通っていないようにも見える血色の悪い白い手が、その者の口元へと〝何か〟を近付けた。

    「これを喰(は)んで。そうしたら助かる」

     その手の隙間から、白い靄のような物がチラリと見え隠れしていたが、それが何なのか、確かめる術(すべ)はなかった。

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