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リープ

  • Fホール(2F) | ウ-30 (小説|短編・掌編・ショートショート)
  • りーぷ
  • 中町日名子
  • 書籍|B6
  • 400円
  • http://www.pixiv.net/novel/sh…
  • 2014/11/24(月)発行

  • 赤いランドセルを背負って、空き地に降り立った。知らない町を歩いて、知らない家に帰った。
    おさげの長い髪をした知らない女の子が、鏡の中に映っていた。
    それが僕の一番最初の記憶。/「帰還」

    ダブルコーンのアイスを食べる、あたりまえだけどアイスって食べてたら溶けてきちゃうんだよね、
    だからいそいで食べる、夢中で食べてると、どこからかだれかの声がきこえてくる。
    秘密の声に、いつしか、お客さんみんなが息をひそめている。/「リープ」

    きみは地下鉄の駅で彼に出会う。傍迷惑な自殺志願者と、用をなさない彼の車椅子。
    やがてきみは彼の口から同じ名を何度も聞くことになる。「レティシア」。古い写真の中のだれか。
    きみは恋をする。そうしてきみは、日々、レティシアのことを考える。/「レティシアの椅子」

    ***

    思慕はふいに飛躍する。
    それはわたしの意志ではない、けれど、そのときわたしは泣きたいほどに自由です。

    奇想短編集『リープ』

    ***

    重たい金属の扉が、僕の目のまえでゆっくりと閉まっていったのを、覚えている。
    次第に細くなってゆく扉の隙間から、真っ白な光が差し込んでいた。その光がひとつぶこぼれ落ちるようにして、小さな白い欠片が、差し出された僕の手の中にするりと飛び込んできた。
    真っ暗な空間の中で、掌の中のそれを握り締める。滑らかな絹のような感触があった。花びらだ、と僕は思う。
    そこはとても狭いところだった。人ひとり立ったままでようやく入れるくらいで、手も足もほとんど動かせない。
    花びらに両手の指で触れて、そのまま口元へ持ってくる。まるで両手を組んで祈っているような格好になる。吐息が手の中の花びらを震わせた。取り落としてしまわないように、僕はそれをもう一度握り締めた。
    「あ」
    僕は声を出す。声が出ることを確かめる。まるで自分の頭の中だけに響いているみたいに、くぐもった音で聞こえてくる。
    「あー」
    もう一度確かめる。僕の声は震えている。さっきからずっと心臓のどきどきが鳴りやまないのだ。狭いところに押し込められているせいで、鼓動が体中に響いているような気がする。
    僕は深呼吸する。そうして、
    「……さんぜん、」
    数え始める。
    「さんぜん、にひゃく、よんじゅう、さん」
    (「帰還」より)

    地下鉄の駅のホームにきみは立っている。
    どこの街でも、地下鉄の駅はどこか同じような雰囲気をしている、ときみは思う。灰色に塗られた、外の風景の見えないホームが、きみの時間と空間の感覚をおぼろげにする。
    そうはいっても、きみはまだそれほど多くの街を知らない。生まれ育ったところを別にすれば、きみの脳裏にあるのは、幼い日に親に手を引かれて訪れた大都市の、ぼんやりとした記憶だけだ。
    きみは二週間ほど前に生家を出て、この街へ越してきた。きみは若く、まだ伸びしろのありそうな華奢な体のうちに、行き場のないエネルギーをもてあましている。
    昼下がりの人気のないホームで、きみはひとり、電車を待っている。手持ち無沙汰に、足元に落ちていた空き缶を軽く蹴ってみる。その音がこおんと響き渡るほどに、ホームの中はがらんとして静まり返っている。
    空き缶を拾ってくずかごに投げ、振り返ったところで、きみは気付く。
    きみからすこし離れたところに、もうひとりいる。車椅子に乗った人影にきみは目を留める。痩せた青年だった。きみよりも五、六歳ほど年上だろうか。ボートネックのTシャツから鎖骨が覗いている。
    青年はきみを一瞥する。きみは視線をそらす。じろじろ見て不躾だったろうか、と思う。青年はきみを見つめ返すでもなく、すぐに顔を戻して、ホームの奥の駅名標をぼんやりと眺めている。  
    構内放送が電車の到着を告げる。トンネルの奥からごう、と唸りが聞こえてくる。やってくる電車のライトに目を凝らしながら、きみは視界の端で、青年が車椅子の車輪のあたりに手をやる姿を捉える。
    それはごく自然な動きだった。ちょうど、開いた電車のドアに向かって進み始めるように、車椅子がごろり、と前に向かって動き出した。
    (「レティシアの椅子」より)

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