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ふたりのクルス 大友宗麟編 上

  • B-15 (小説|歴史・古典)
  • ふたりのくるす おおともそうりんへん じょう
  • 高月 怜司
  • 書籍|A4
  • 163ページ
  • 1,000円
  • 2026/7/20(月)発行
  • はじめに 

     洗礼の水が額に注がれ――十字架《クルス》を握りしめた

     十六世紀、ルネッサンスの熱気冷めやらぬヨーロッパ人たちは、帆に風をはらませて、海原を西へ東へと乗り出した。まだ見ぬ地から莫大な富を獲得し、キリスト教を広め、キリスト教を前提とした価値観を植え付けようとしたのである。

     このいわゆる大航海時代において、ヨーロッパ人の夢をかき立てたのが、「世界の舞台」と題する地図帳(アブラハム・オルテリウス編集)である。その一五九五年版に、日本が初めて単体で現れた。未知であった東方の神秘・日本に、彼らが詳しく触れた瞬間だった。

     そこには、京都周辺がMEACO(都)、九州の全体がBVNGO(豊後)、とラテン語で記《しる》されている。BVNGOは、八百万の神々と仏が織りなす日本において、まったく異質な信仰を受け入れた、キリシタン大名・大友《おおとも》宗麟《そうりん》の支配地域を象徴したものである。宗麟が家督を継いだ当初の領国は、豊後、筑後、肥後の三ヶ国であったが、支配域を九州六ヶ国にまで拡げ、九州探題の地位を得るに至った。その最盛期の版図《はんと》が、当時のヨーロッパ人に伝えられたのである。

     この日本地図を描いたのは、ポルトガルのイエズス会宣教師、ルイス・ティセラである。ただ、彼が日本を訪れたことはなく、当時最も日本を知るイエズス会経由での情報を総動員したものであろう。日本全国に教会の印《しるし》が示されている点からして、ミッショナリー・マップ(布教活動喧伝のための地図)の性格を合わせ持っている。

     そのころ、イエズス会巡察師のアレッサンドロ・ヴァリニャーノは、日本を豊後《ブンゴ》、都《ミヤコ》、下《シモ》の三教区に分け、布教戦略の転換を図っていた。彼は布教の成果を誇示するとともに、少年たちにキリスト教社会を実見させ日本に持ち帰らせるため、一五八二年(天正十年)、宗麟の名代である伊東マンショを首席とする「天正遣欧少年使節」を派遣した。一五八五年、ローマ教皇シクストゥス五世は少年使節の謁見を許し、その三年後の一五八八年に、豊後・府内《ふない》を司教区に定めた。この地図が作成された背景には、そうしたイエズス会の思惑があった。

     しかし実際には、全国に教会は存在しなかった。しかも、宗麟が一五八七年(天正十五年)に亡くなると、秀吉の九州国割りによって大友氏の領国は大幅に引き剥がされ、同年のバテレン追放令が追い打ちをかける。つまり、一五九五年という地図帳の発表時点では、紙上の理想と日本の現実は大きく乖離《かいり》していたのである。

     こうしてみればこの地図は、過ぎ去った宗麟の栄華とイエズス会の理想を紙上に封じ込めた――記念碑――ともいえようか。

     宗麟自身は、この地図の存在を知るはずがない。また、自身の名代が海を渡ったことすら、知らされてはいなかった。

     キリスト教と彼のファースト・コンタクトは、天文二十年(一五五一)、府内の大友館で、イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルから、キリスト教の教義について説明を受けたときである。これ以後宗麟は、キリスト教の布教を認め、豊後や博多での教会建設を手厚く支援した。また、肥前の大村純忠《すみただ》にキリスト教への恐れを捨てるよう説くなど布教の後押しに努め、みずからも日向・無鹿《むじか》に「キリシタンの聖地」を建設せんとした。

     だが、洗礼の水が宗麟の額にふれ、ドン・フランシスコという名を与えられたのは、キリスト教との出会いから数えて二十七年、宗麟四十九歳という晩年である。このことは、ポルトガル商船との交易利益を期待し、仲介者であったイエズス会宣教師(バテレン)を味方にするために、早々と洗礼を受けた三十代初めの大村純忠、少年期に受洗した有馬晴信《はるのぶ》とは、対照的である。

     宗麟もまたバテレンを保護し、諸外国との交易を積極的に推し進めた。ただ、豊後に出入りしていたポルトガル商船は、永禄三年(一五六〇)を最後にそれ以降豊後に入港していない。したがって、彼が入信を決意した動機には、交易上の利害を超えた「何か」があったと考えざるを得ない。それは、ひとりの人間が生涯をかけて抱え込んだ、容易には言葉にならない問いであったかもしれない。

     その答えが、クルスの中に秘められているのではないか。

     宗麟の精神的な深みと影響力ゆえに、その信仰とキリシタン宗団への貢献は、イエズス会宣教師のルイス・フロイスらがヨーロッパに送った書簡で頻繁に報告され、現地で人気を博した。とりわけフロイスは、一五七八年付の書簡で宗麟のことを、「王侯中最も思慮あり、聡明叡智《えいち》の人として知られたり」と紹介している。

     これらの書簡の影響か、西洋画において、宗麟とザビエルの出会いが数多く描かれている。ヨーロッパの人々は、はるか極東の豊後国王を、キリスト誕生を祝った「東方の賢人」になぞらえた。つまり、聖人ザビエルと宗麟の出会いが「東方三博士の礼拝」のオマージュとして、描かれたのである。日本の戦国大名で、これほど西洋画の題材となった人物は、宗麟をおいて他にいない。もっとも、荘厳《そうごん》なふたりの邂逅《かいこう》が絵筆にとどめられたのは、宗麟の死から半世紀のちのことだった。ヨーロッパ人が見ていたのは、すでに遠い伝説のなかの王である。

     フロイスが執筆した「日本史」でも、織田信長や豊臣秀吉とほぼ同程度に、宗麟のことが取り上げられている。その中で、宗麟が自分の後継者について、「デウス様は、予の没後、予の代わりとしてかの若者を選び給うたようだ。彼はゆくゆくは豊後のキリシタン宗団の偉大な支柱となるに違いないと信じている」と語ったと記されている。「かの若者」とは、宗麟と血縁を超えた絆で結ばれた、義孫にあたる志賀太郎親次《ちかよし》である。

     志賀太郎親次は、豊後国直入《なおいり》郡竹田《たけた》郷にある岡城の城主・志賀親度《ちかのり》と、宗麟が再婚した妻の連れ子(娘)との間に生まれた。宗麟とも交流を重ねたあと、天正十三年(一五八五)、親次が数え年で十九歳のときに洗礼を受け、ドン・パウロと名付けられた。このとき宗麟は、祝いのコンタツ(小さなクルスの付いたロザリオ)を親次に贈った。

     大友宗麟とは何者であったのか。そして、彼が「かの若者」へ本当に託したものは何であったのか。その問いを胸に抱きながら、読者と一緒に物語の旅へ出かけたい。

     まずは、宗麟の少年時代にさかのぼる。



    ―― 私は、強き大名ではなく、ただの弱き一人の人間であった ――

    戦国時代、九州に巨大な版図を築いたキリシタン大名・「豊後の王」大友宗麟。 しかし、その華々しい経歴の裏側にあったのは、肉親の裏切り、家臣の離反、そして愛する故郷を島津侵攻の炎に焼かれる絶望の日々だった。

    本書は、五百年の時を超えて作者が宗麟の魂に問いかけ、対話を重ねることで紡ぎ出された、あまりに人間臭く、あまりに切実な「魂の遍歴」の記録である。

    雪の朝の純真な少年時代から、権力の絶頂、そして病の床で見つけた「アニマ(霊魂)」の救済まで。 なぜ彼は、十字架(クルス)を背負い、キリストの傷口に自らの痛みを重ねたのか。

     

     『ふたりのクルス 大友宗麟編』(上・中・下 全三巻)

    「その手を、キリストの脇腹の傷に入れてください」

    自らの罪に悩み、救いを求めてあがき続けたキリシタン大名、大友宗麟。 彼が手にした「クルス」は、権力を守るための道具だったのか、それとも魂をつなぎ止める最後の細い糸だったのか。
      本書は、歴史の表舞台からは見えない宗麟の「迷い」と「解決策への執念」を緻密に描き出す。
      一人の男が、悩み抜いた末に到達した「静かなる終焉」。 歴史小説の枠を超えた、魂の救済を巡る大河ドラマ。

                          

    上巻 あらすじ

    戦国時代の豊後国(現在の大分県)を治める大友家の嫡男・五郎義鎮《よししげ》は、幼い頃に出会った天竺人《てんじくじん》(ポルトガル人)のアラガンから異国の文明と交易への憧れを抱く。しかし父・義鑑《よしあき》は義鎮を廃嫡《はいちゃく》して幼い塩市丸《しおいちまる》に家督を継がせようとし、それを阻もうとした家臣たちが命を落とす惨劇が起きる。義鑑も重傷を負って世を去り、二十一歳の義鎮は大友家の当主となった。

     当主となった義鎮は、交易によって国を富ませ、政治の力で九州の覇者となることを目標に掲げる。奈多八幡宮の娘・政子と結ばれ、イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルを招いて布教を許可し、ポルトガルとの交易の道を切り開いていく。

     しかし猜疑心から叔父らを証拠なく処刑するという取り返しのつかない過ちも犯す。その後、修道士アルメイダの「なんじの隣人を愛せよ」という言葉に良心の呵責を覚えた義鎮は、捨て子を救う育児院の設立を支援する。

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